第64話 更新される条件
北東の空気は、重かった。
前回よりも深い。
歪みは広がるのではなく、沈み込む型だ。
地面の下に、圧がある。
レオナールは森の縁で足を止めた。
同時に、反対側から気配が現れる。
「想定より深いわね」
黒装束の女が、冷静に状況を観測している。
今回は言葉が少ない。
外郭を切るには不向きな構造。
切断すれば、内部圧が跳ね上がる。
女は一瞬だけ沈黙した。
判断を止めた。
その刹那。
「外郭を切るな」
レオナールが先に言う。
「中枢を固定する。
外周は“押さえる”だけでいい」
女が視線を向ける。
命令ではない。
だが、主導権の移動だ。
「根拠は」
「切断は反転する。
これは沈下型だ」
短い説明。
女は一拍だけ考え、即断した。
「了解」
従った。
役割が逆転する。
レオナールが中枢へ降りる。
女は外周を抑え込む。
外側から圧を均す繊細な制御。
荒い切断型ではない。
彼女はやり方を変えた。
レオナールは歪みの核へ意識を落とす。
固定歪みが軋む。
だが、今回は爆ぜない。
中枢を固定し、流れを沈める。
ゆっくりと。
時間をかけて。
歪みが沈黙した。
森が、静かになる。
追跡圏が、遠くで張り替えを始める。
「……あなたの方が適している局面もある」
女が言った。
評価。
感情ではない。
事実の提示。
レオナールは息を整える。
「状況依存だ」
「ええ」
女は頷く。
「主導権は固定しない。
局面ごとに更新する」
条件の更新。
従属でも支配でもない。
対等な利害一致。
遠くで、結界の圧が変わる。
学園側の展開速度が上がっている。
「追跡網が広域化してるわね」
「外へ出るつもりだ」
学園は、内に留まらない。
三者構造は、外でぶつかる。
女は一歩距離を取る。
「次の兆候は西。
半日以内」
情報だけを置く。
「名は」
レオナールが初めて問う。
女は振り返らない。
「まだ必要ないわ」
消える。
風だけが残る。
利害は一致した。
だが、安心はどこにもない。
名前がないということは、
関係もまた、固定されていないということだった。




