第62話 交差点
小さな歪みを前に、レオナールはあえて“整えすぎない”処理を選んだ。
完全には沈めない。
構造の一部を、意図的に残す。
削り、並べ、短い符号を刻む。
干渉可。限定共有。
能動的な応答だった。
受け身ではない。
呼び水だ。
歪みを閉じ、距離を取る。
数時間以内に、変化が起きた。
残した符号が、再構成されている。
歪み内部の配列が、わずかに変わる。
文字ではない。
だが、意味は明確だ。
北西三里。崖下。
地形指定。
さらに。
結界薄点。短時間。
指定地点の提示だった。
レオナールは即断しない。
追跡圏の圧を読む。
網は通常運用。
だが、北西方向の一部で張り替えが遅い。
薄点。
第三勢力が干渉している。
「……やる気か」
向こうも、能動だ。
夜。
崖下の死角。
結界の層が重なり切らない、わずかな空隙。
追跡圏が近づいている。
だが、締まり切らない。
レオナールは静かに立つ。
風が動いた。
気配はない。
だが、空間が一瞬だけ歪む。
視界の端に、黒い影。
顔は見えない。
仮面か、覆面か。
距離は五歩。
「……単独処理者」
低い声。
確認。
名乗らない。
「観測済みだ」
短い言葉。
敵意はない。
だが、親和もない。
「目的は」
レオナールは、先に問う。
「管理」
即答。
「歪みは資源でもある。
放置は損失だ」
思想が、はっきり違う。
レオナールは沈める。
向こうは回収する。
「お前は受け皿になる。非効率だ」
「お前たちは削り取る。危険だ」
沈黙。
価値観が交差する。
「分担する」
影が言う。
「情報共有。
処理領域分割。
裏切りの保証はない」
条件提示。
提案ではない。
合理的な並列。
追跡圏の圧が、強まる。
時間がない。
レオナールは、一瞬だけ目を閉じる。
学園には戻れない。
一人では回らない。
「……条件付きだ」
「聞こう」
「街への拡大は許さない」
「合理的だ」
合意未満の合意。
その瞬間、圏が一段締まる。
「離脱」
影が、短く言う。
次の瞬間、気配が消えた。
完全な消失。
レオナールも反対方向へ動く。
追跡圏が、崖下を囲む。
だが、誰もいない。
交差したのは、
道ではない。
価値観だった。




