第60話 狩人の痕
辿り着いた場所に、歪みはなかった。
空気は澄み、地面は静かだ。
だが、何も起きていないわけではない。
レオナールは、足を止め、視線を巡らせた。
消えている。
しかも、自分が知っている消え方ではない。
沈めていない。
解いてもいない。
歪みの“核”が、切り離され、持ち去られた痕がある。
「……先に来てる」
低く呟く。
周囲に残るのは、強引だが合理的な処理跡。
被害は最小限。
だが、世界への負荷は、確実に残るやり方だ。
思想が違う。
自分は、受け皿になる。
彼らは、回収する。
善悪ではない。
役割の違いだ。
胸の奥が、短く疼いた。
追跡圏の圧が、わずかに揺れる。
「……?」
一瞬だけ、網の張り替えが遅れた。
結界反応が、噛み合っていない。
レオナールは、その隙を逃さない。
歩調を変え、角度をずらし、距離を取る。
追う側が乱された。
原因は、ひとつしかない。
第三勢力が、こちらの知らない場所で動いた。
「追われ方が……変わったな」
網は粗くなっていない。
だが、再調整を強いられている。
彼らは、学園の追跡を前提にしていない。
それでも、結果として影響を与える。
不意に、背中に視線を感じた。
気配はない。
魔力もない。
それでも、確かに――見られている。
木々の隙間。
地形の陰。
姿は見えない。
だが、意識だけが、こちらに向いている。
向こうも、気づいたのだ。
逃げている“処理者”が、
自分たちのやり方を理解していることに。
「……複数だな」
一人ではない。
配置と処理の速度が、そう告げている。
目的は、世界防衛ではない。
もっと現実的で、もっと冷たい。
管理と回収。
世界を救う気はない。
壊れないように、使える形で残すだけ。
危険だ。
だが、合理的だ。
そして――今の自分にとって、無視できない。
遠くで、また別の兆候が立ち上がる。
小さいが、同時だ。
一人では、詰む。
レオナールは、深く息を吐いた。
協力か、敵対か。
利用か、利用されるか。
今は、決めない。
ただ、存在を認識した。
それで十分だ。
圏の圧を背に、進路を微調整する。
接触点へは向かわない。
だが、痕を追える距離は保つ。
狩人は、すでにこの世界を歩いている。
彼が気づくより、
ずっと前から。




