第59話 第三の選択肢
追跡は、洗練されていた。
圏の密度が、移動に合わせて変わる。先回りし、読み、重ねてくる。走れば塞がれ、止まれば詰められる。逃げ道は“消される”のではなく、“薄くされる”。
レオナール・フォン・グラントヴァルは、歩調を落とし、呼吸を一定に保った。追われることに、慣れ始めている自分がいる。良い兆候ではない。だが、必要な変化だ。
胸の奥の重みは、静かだ。増えたまま、落ち着いている。固定歪みは限界を告げているが、暴れてはいない。暴れさせない――それが、今の最優先事項だった。
圏の縁をなぞるように移動する。網の反応を見る。遅延の出る層、張り替えの頻度、担当の入れ替わり。追う側も学んでいる。だから、こちらも学ぶ。
その最中、短い疼きが胸を打った。
――近い。
――小さい。
――複数。
点在する兆候。ひとつひとつは軽い。だが、同時に立ち上がる。連鎖の前触れだ。止められる。だが、全部は無理だ。
「……回らない」
独り言は、森に溶けた。
逃げながら沈める。
それは、もう限界だ。
思考が、別の方向へ滑る。
かつて、書庫で目にした断片。噂話として聞いた名前のない存在。学園の公式記録には残らないが、現場の注釈にだけ現れる影。
歪みを狩る者たち。
世界にも、学園にも属さない。
危機に集まり、処理し、消える。
荒っぽいと記されることもあれば、巧妙だと評されることもあった。共通していたのは、方法が違うという点だ。沈めるのではない。押し戻すのでもない。切り離し、隔離し、回収する。
追う側も、その存在を完全には把握していない。だから、網は彼らを前提に組まれていない。痕跡だけが、時折、記録の隅に残る。
レオナールは、足を止めた。
圏の圧が、わずかに変わる。こちらの停止に反応して、網が締まる。長居はできない。
接触の可能性を、計算する。
利点。
一人では回らない局面を、分担できる。
圏の外側の知見。
学園に戻らずに、処理を続けられる。
欠点。
信用はない。
目的が一致する保証もない。
そして――接触自体が、追跡を呼び込む可能性。
「……今じゃない」
結論は、早い。
必要になる。
だが、まだ踏み込まない。
そのとき、別の“違い”が視界に入った。
森の奥。
小さな歪みの名残。
だが、処理の痕が――自分と違う。
流れを解いた形ではない。
力で押し潰した痕でもない。
切り離し。
隔離。
回収。
手際は荒いが、合理的。被害を最小限に抑える選択だ。
「……いるな」
確信が、胸に落ちる。
第三の選択肢は、概念ではない。
すでに、動いている。
レオナールは、圏の圧を背に感じながら、進路を微調整した。突破点へ向かわない。接触点も選ばない。可能性の近くを通る。
今は、見ない。
だが、見逃さない。
それは、敵でも味方でもない。
けれど――
無視できる存在ではなかった。




