第46話 条件成立
胸の奥が、わずかに脈打った。
痛みではない。
だが、無視できない重み。
レオナール・フォン・グラントヴァルは、歩みを止めた。
昼下がりの回廊。
生徒たちの声が、遠くで交差している。
だが、その音が、妙に遠い。
「……来てるな」
小さく呟く。
以前感じたものと、似ている。
北側街道で起きた異変。
そして、自分に固定した歪み。
同じ“質”。
だが、学園の監視盤は静かだった。
数値に変化はない。
つまり――
まだ表に出ていない。
それでも、確信できる。
溜めが始まっている。
その日の午後、勇者は学園を離れた。
「近隣都市の依頼だそうだ」
「数日は戻らないらしい」
噂はすぐに広がる。
英雄不在。
レオナールの胸の奥が、さらに重くなる。
条件②が、満たされた。
教員たちは、少人数体制で巡回を続けている。
「結界数値は安定」
「特に異常なし」
いつも通りの報告。
だが、レオナールは知っている。
数値は、嘘をつかない。
だが、拾えないものもある。
夜。
自室で、灯りを落とす。
簡易結界札を一枚、机の上に置く。
遠隔観測用に調整済み。
魔力を、ほんの僅かに流す。
意識を、外へ。
空間の“重さ”を探る。
……あった。
学園から北西。
森と街道の境。
小さい。
だが、確実。
「やっぱりな」
規模はまだ低い。
今なら、潰せる。
力で叩く必要はない。
構造を崩すだけでいい。
レオナールは、即座に理解した。
行けば、止められる。
条件①。
被害拡大の兆候。
成立。
条件②。
英雄不在。
成立。
残るは――
条件③。
自分が最適解かどうか。
考える。
教員が行けば、力で押さえる。
それは、刺激になる。
上級生が行けば、見落とす可能性が高い。
自分なら、刺激せずに崩せる。
結論は、明白だった。
だが――
まだ、決定打が足りない。
レオナールは、エリシアを呼び出した。
人目の少ない回廊。
「兆候が出てる」
短く告げる。
エリシアの表情が、引き締まる。
「条件①と②は成立してる」
「……だからって」
「分かってる。
まだ行かない」
エリシアは、安堵と不安が混ざった顔をする。
「条件③が確定してない」
レオナールは、そう続けた。
「今は“行けば止められる”段階。
“俺しか止められない”段階じゃない」
エリシアは、唇を噛む。
「でも、時間が経てば……」
「そう。
経てば、変わる」
沈黙。
二人とも、理解している。
このまま進めば、
確定する。
その夜。
レオナールは、再び遠隔観測を行う。
歪みが、わずかに大きくなっている。
胸の奥が、強く反応する。
「……早いな」
消耗も進んでいる。
呼吸が、少し重い。
だが、まだ立っていられる。
まだ、越えていない。
だが、足は――
線の上にある。
異変は、静かに育っている。
止められる時間は、短い。
次に判断を迫られる時、
逃げ道はない。
まだ越えていない。
だが。
越える日は、近い。




