第44話 動けない時間
その報は、夕刻前に届いた。
北側街道付近、結界数値の急変。
これまでよりも大きな揺らぎ。
学園の監視盤に、警告に近い色が灯る。
「規模は中程度。
英雄を出すほどではない」
教員の判断は、冷静だった。
「上級生と教員で対応する。
封鎖準備も並行」
慌ただしく人が動き始める。
レオナール・フォン・グラントヴァルは、その様子を遠くから見ていた。
そして――
胸の奥が、はっきりと反応した。
重みが、脈打つ。
「……来る」
小さな呟き。
言葉になる前に、理解してしまう。
あの地点だ。
自分が固定した歪みと、同じ質。
溜め込まれたものが、別の出口を探している。
行けば、分かる。
行けば、止められる。
確信に近い感覚。
レオナールは、無意識に一歩踏み出した。
「駄目」
腕を掴まれる。
エリシアだった。
「今は管理下。
勝手に動いたら、問題になる」
正論だ。
分かっている。
「行かなければ……」
「行けない」
言葉は短い。
だが、強い。
教員の視線も向けられる。
「レオナール、待機だ」
命令ではない。
だが、事実上の拘束。
胸の奥の重みが、強くなる。
――行けば止められる。
――行かなければ、起きる。
理解しているからこそ、苦しい。
遠くで、出動する部隊の足音。
扉が閉まる。
レオナールは、その場に残された。
時間が、妙に遅い。
何分経ったのか分からない。
胸の奥が、何度も軋む。
嫌な予感が、形を持つ。
「……今だ」
小さく呟いた瞬間、
監視盤の色が一段階、濃くなった。
「結界一部破損!」
「負傷者あり!」
声が飛ぶ。
レオナールは、目を閉じた。
――やはり。
派遣部隊は、対応している。
だが、完璧ではない。
歪みは、予測できなければ対処が遅れる。
数分後、続報。
「結界は再安定。
負傷者は数名。命に別状なし」
大惨事ではない。
だが、無傷でもない。
防げた可能性が、はっきりと残る結果。
エリシアの手が、震えていた。
「……私が止めた」
小さな声。
「止めなければ、あなたは行ってた」
レオナールは、首を横に振る。
「止めたのは、正しい」
それは本音だ。
だが、胸の奥は別の感情で満ちている。
守られている自分への苛立ち。
動けない自分への嫌悪。
エリシアは、唇を噛む。
「正しくても……結果がこれなら……」
言葉が続かない。
二人の間に、重い沈黙が落ちる。
取り決めは、守られた。
その結果、傷ついた人がいる。
教員たちは、対応の甘さを反省し始める。
「想定よりも内部圧が高かった」
「次は、管理をさらに強化する必要がある」
管理。
制限。
監視。
レオナールの自由は、さらに削られていく。
夜。
部屋に戻ったレオナールは、ベッドに腰を下ろした。
胸の奥の重みが、静かに存在を主張している。
「……動けない時間は」
小さく呟く。
「何も起こらない時間じゃない」
動けなかったから、起きた。
その事実が、はっきりと残る。
エリシアも、自室で天井を見つめていた。
守るために止めた。
その結果、誰かが傷ついた。
どちらが正しかったのか、分からない。
分かるのは一つだけ。
このままでは、同じことが繰り返される。
動けない時間は、
何も起こらない時間ではなかった。
それは――
次の選択を、強制する時間だった。




