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エロゲ世界の悪役公爵子息に転生したけど、聖女を救うと世界が滅ぶらしい  作者: 海鳴雫


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第40話 変わってしまったもの

 朝の学園は、驚くほど静かだった。


 結界の警告灯は消え、監視盤の数値はすべて正常域に収まっている。

 教師たちは、前日の報告を確認しながら、淡々と結論を出していた。


「自然収束だな」


「地脈の揺らぎも落ち着いている」


「追加対応は不要だろう」


 誰も異を唱えない。

 それで話は終わりだった。


 異変は、解決した。

 そういう扱いになる。


 廊下を歩く生徒たちの表情も、いつも通りだ。

 小さな不安の名残すら、すでに薄れている。


 世界は、何も変わっていない。


 ――少なくとも、外から見れば。


 レオナール・フォン・グラントヴァルは、いつもの時間に教室へ向かい、

 いつもの席に腰を下ろした。


 椅子の感触。

 机の高さ。

 窓から差し込む朝の光。


 すべて、昨日までと同じだ。


 ノートを開き、教師の声を聞く。

 内容は理解できる。

 集中力も、欠けていない。


 それでも――

 何かが、噛み合っていなかった。


 魔力感知を、無意識に広げようとして、止まる。


 外へ伸ばす感覚が、鈍い。

 代わりに、内側へ引き戻される。


 まるで、世界を観測する前に、

 自分自身を通過させられるような感触。


「……」


 小さく息を吐き、何事もない顔を保つ。


 問題はない。

 今のところ、支障は出ていない。


 休み時間、周囲の雑談に耳を傾ける。


「結界の件、結局大したことなかったな」


「やっぱり自然現象だったんじゃない?」


「英雄が出るまでもなかったし」


 誰もが、安心している。

 不安が消えたというより、忘れたに近い。


 それでいい。


 そうあるべきだ。


 次の授業で、簡単な魔法実習が入った。


 基礎的な術式。

 力を込める必要もない。


 レオナールは、周囲と同じように魔力を構える。


 発動。

 問題なく成功する。


 だが――

 感触が違った。


 魔力が「通る」のではない。

 引き抜かれる。


 自分の内側を通って、外へ出ていくはずの流れが、

 途中で引っかかり、重みを残す。


 一瞬、胸の奥が軋む。


 誰にも気づかれない程度の違和感。

 だが、確実なもの。


「……なるほど」


 内心で、理解する。


 使えないわけではない。

 制限されているわけでもない。


 これは、構造だ。


 歪みが、自分に固定された結果、

 魔力の出入りそのものが変質している。


 午後、廊下でエリシアとすれ違う。


「おはよう、レオナール」


「……ああ」


 返事が、わずかに遅れた。


 ほんの一拍。

 だが、彼女は気づいた。


「……大丈夫?」


「問題ない」


 即答する。


 嘘ではない。

 倒れてもいないし、動けないわけでもない。


 エリシアは、納得しきれない表情で一瞬黙り、

 それ以上は踏み込まなかった。


 以前と同じ選択。

 だが、距離は少し違う。


 勇者は、少し離れた場所で仲間と話している。

 笑顔も、立ち振る舞いも、何も変わらない。


 迷いなく前を向く姿は、

 以前と同じだ。


 同じ場所にいるはずなのに、

 立っている世界が違う。


 その事実が、静かに胸に沈む。


 夕方、一人になってから、

 レオナールは自分の魔力回路を慎重に確認した。


 深く、静かに。


 異変は、外にはない。

 完全に、自分の内側だ。


 歪みは、動かない。

 逃げない。

 消えない。


 まるで、心臓の近くに重石を埋め込まれたような感覚。


「……治るものじゃないな」


 呟きは、静かだった。


 時間を置けば回復する類のものではない。

 治療の対象でもない。


 自分が生きている限り、続く。


 それでも、役割を降りるという選択肢は、

 最初から存在していなかった。


 後悔もない。

 間違ってもいない。


 ただ、理解しただけだ。


 もう、普通には戻れない。


 そして次に来るものは、

 きっと、この変化を容赦なく突いてくる。


 夜の学園は静かで、

 結界は完璧に機能している。


 誰も、異変を疑わない。


 それでいい。


 レオナールは、歩き続ける。


 変わってしまったのは、世界ではない。

 それに気づける位置に、

 自分が立ってしまっただけだ。


 そして――

 その位置から、降りるつもりはなかった。


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