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エロゲ世界の悪役公爵子息に転生したけど、聖女を救うと世界が滅ぶらしい  作者: 海鳴雫


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第37話 動かざるを得ない影

 異変は、小さな数値の揺らぎとして始まった。


 学園外縁、北側の旧街道に沿う結界監視点。

 警告音が鳴るほどではない。

 だが、平常値から確実に外れている。


 被害報告はない。

 魔物の目撃もない。


 それでも、結界は嘘をつかない。


 教員室に集められた報告書の上で、赤い印が一つ、二つと増えていく。


「拡大の兆候は?」


「今のところ、なし。ただ……流れが不自然です」


「英雄を出すほどじゃないな」


 誰かがそう言い、全員が頷いた。


 今回の異変は、力で叩く類ではない。

 派手な戦闘も、象徴的な勝利も不要。


 必要なのは、見極めだ。


 沈黙の中で、自然と一つの名前が浮かぶ。


「……この手の流れなら、レオナールが詳しい」


 推薦でも、提案でもない。

 ただの確認のように、その名は口にされた。


 異論は出ない。


 誰も悪意を持っていない。

 誰も押し付けているつもりもない。


 それが、より厄介だった。


 レオナールが呼び出されたのは、その直後だった。


 静かな応接室。

 机の上には簡潔な資料が並ぶ。


「急ですまない」


 教員の声は、丁寧だ。


「軽微な異変だ。

 だが、判断を誤ると厄介になる」


 レオナールは、資料に目を通す。


 数値。

 位置。

 魔力の流れ。


 ――嫌な予感が、確信に変わる。


 表向きは軽い。

 だが、裏に引っかかりがある。


 英雄が行けば、壊す。

 別の者が行けば、見落とす。


 最悪の組み合わせだ。


「調査だけでいい。

 危険はない」


 教員は、そう付け加えた。


 命令ではない。

 強制でもない。


 だが、断る前提が存在しない空気。


 レオナールは、一瞬だけ考える。


 ――今は、動くべきじゃない。


 身体の奥に残る違和感。

 魔力循環の重さ。


 理解している。

 無理をすれば、確実に削れる。


 それでも、断った場合を思い描く。


 代わりに誰かが行く。

 経験の浅い教員か、若い生徒か。


 異変は見逃され、

 後になって拡大する。


 その時、出てくる言葉は決まっている。


 「最初に気づいていれば」


 それを知っているのは、自分だ。


「……分かりました」


 返事は、静かだった。


 責任感ではない。

 自己犠牲でもない。


 合理性が、彼を縛っている。


 現地へ向かう道すがら、レオナールは歩調を落とす。


 息を整え、感覚を研ぎ澄ます。


 異変は、確かにある。

 だが、姿を持たない。


 結界の縁に触れた瞬間、

 身体の奥が、わずかに軋んだ。


「……来るか」


 痛みではない。

 違和感が、増幅する。


 歪みは、前に引き受けたものと、似ている。

 だが、同じではない。


 引き金が違う。

 流れも違う。


 慎重に、魔力を流す。


 ほんの少し。

 確認する程度。


 その瞬間、

 胸の奥が、きしりと鳴った。


 反射的に呼吸を止める。


 ――制御できる。


 まだ、耐えられる。


 表情は変えない。

 歩みも止めない。


 外から見れば、

 いつも通りのレオナールだ。


 調査は、表向き順調に進む。


「特異点は、この辺りか」


 独り言のように呟き、

 記録を残す。


 誰も異常に気づかない。


 結界数値は、安定し始めたように見える。

 教員に報告すれば、「問題なし」と判断されるだろう。


 だが――

 レオナールだけは、違うものを見ていた。


 ここは、入口だ。


 今は静かだが、

 条件が揃えば、必ず噴き出す。


 そして、その条件の一つが――

 英雄の力だ。


「……なるほど」


 理解してしまう。


 だからこそ、

 誰にも言えない。


 英雄を止める理由を、

 説明できない。


 調査を終え、学園へ戻る途中、

 身体の奥に、鈍い重さが残っている。


 歩ける。

 話せる。


 問題はない――ように見える。


 だが、確実に何かが進んでいる。


 教員室での報告は、簡潔だった。


「現時点では、拡大の兆候はありません」


「助かった。

 さすがだな」


 労いの言葉。

 信頼の視線。


 それらが、

 彼をさらに“選ばれる存在”にしていく。


 レオナールは、静かに一礼する。


 否定もしない。

 肯定もしない。


 誰にも見えないところで、

 代償は、確実に積み上がっている。


 彼は選んでいない。


 だが――

 選ばれなかったことも、ない。


 影は、再び動き始めていた。


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