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エロゲ世界の悪役公爵子息に転生したけど、聖女を救うと世界が滅ぶらしい  作者: 海鳴雫


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第33話 代償の兆し

 祝宴の翌朝、学園は何事もなかったかのように目を覚ました。


 鐘が鳴り、廊下に足音が戻る。

 昨日の勝利は話題として残りながらも、授業は通常通りに始まる。


 英雄の凱旋は、すでに過去の出来事として整理されつつあった。


 世界は、変わっていない。


 ――少なくとも、そう見えた。


 レオナール・フォン・グラントヴァルは、登校路を歩きながら、足を止めた。


 ほんの一瞬。

 視界の端が、暗くなった。


 気のせいだと片付けられるほど短い。

 だが、確かに“抜けた”。


「……」


 何も言わず、歩き出す。


 息を整えれば、問題はない。

 身体は動く。

 意識もはっきりしている。


 それでも、どこかが噛み合っていない感覚が残る。


 教室に入ると、周囲はいつも通りだ。


 昨日の戦いを語る声。

 勇者の剣技を真似る生徒。

 安堵に満ちた空気。


 レオナールは席に着き、ノートを開く。


 授業が始まる。


 結界理論。

 魔力循環の基礎。


 聞き慣れた内容だ。

 以前なら、無意識に全体像を把握できた。


 だが今日は――

 一拍、遅れる。


 教師の言葉を追うのに、わずかな集中が必要だった。


「……?」


 違和感は、明確な不調ではない。


 痛みもない。

 苦しさもない。


 ただ、反応が鈍い。


 昼休み、廊下を歩いていると、急に足元が揺れた。


 倒れるほどではない。

 壁に手をつくほどでもない。


 ほんの一瞬、重心を見失っただけだ。


 周囲の誰も気づかない。


 レオナールは、自然な動作で立ち直る。


 ――隠せる。


 その事実が、胸に重くのしかかった。


 午後、演習があった。


 簡単な魔法の使用。

 負荷の低いものだ。


 以前なら、何の問題もない。


 レオナールは、慎重に魔力を流す。


 その瞬間、

 引っかかる。


 魔力が、通らないわけではない。

 だが、滑らかに巡らない。


 まるで、内部に異物が残っているような感覚。


 魔法は発動する。

 成功だ。


 だが、直後――

 胸の奥が、わずかに痛んだ。


 鈍い、内側から削られるような感覚。


「……」


 顔色を変えない。

 視線も落とさない。


 誰も、異常を察していない。


 演習が終わる頃には、違和感は引いていた。


 だが、理解してしまう。


 使えないわけじゃない。

 使うたびに、削られる。


 放課後、人気のない回廊で足を止める。


 壁にもたれ、目を閉じる。


 魔力の巡りを、内側から確認する。


 そこには、確かに“残滓”があった。


 前に引き受けた歪み。

 消化しきれなかった因果。


 それが、身体の奥に沈んでいる。


「……完治じゃないな」


 小さく、独り言が漏れる。


 これは傷ではない。

 病でもない。


 変化だ。


 取り戻す類のものではない。


 共存するしかない――

 少なくとも、今は。


 誰かに相談すれば、

 対処法は見つかるかもしれない。


 教員。

 研究者。

 あるいは、勇者やエリシア。


 だが、その選択肢は、最初から除外されていた。


 理由は単純だ。


 説明できない。

 説明すべきでもない。


 裏で起きたことを語れば、

 英雄の勝利に影を落とす。


 それは、選べない。


「……まだ、大丈夫だ」


 自分に言い聞かせる。


 無闇に動かなければいい。

 魔力の使用を抑えればいい。


 完全に引くことはできない。

 だが、無理に前に出る必要もない。


 行動方針を、静かに修正する。


 ――選択を、先延ばしにする。


 それが、今できる最善だった。


 夕暮れ。


 中庭では、生徒たちが笑っている。


 英雄の話題は、少しずつ別の話に移りつつある。


 世界は、前に進んでいる。


 レオナールは、その光景を遠くから眺める。


 身体の奥で、微かな違和感が脈打つ。


 それは、今後も消えないだろう。


 代償は、

 失った瞬間よりも、

 失い続ける時間の方が重い。


 その事実を、

 彼は、誰よりも早く理解していた。


 だからこそ――

 まだ、黙って進む。


 影のままで。


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