第3話 聖女の奇跡と歪み
魔法学園の中庭は、いつになく騒がしかった。
人だかりの中心にいるのは、予想通りの人物だ。
「ありがとう……ありがとう、リリアさん!」
「いえ。もう大丈夫ですよ」
聖女リリア・アルヴェーン。
彼女の掌から淡い光が溢れ、倒れていた生徒の顔色がみるみるうちに戻っていく。
拍手。
歓声。
安堵の空気。
誰がどう見ても、完璧な光景だった。
学園に現れた奇跡。
希望の象徴。
だが。
「……始まったな」
俺だけは、視線を逸らさなかった。
癒された生徒は、確かに立ち上がった。
魔力暴走の後遺症もない。
教師たちも問題なしと判断している。
それでも、俺には見えていた。
魔力の流れが、不自然だ。
本来、癒しとは循環を整えるものだ。
壊れた器を修復し、余剰を外へ逃がす。
だが、今のリリアの魔法は違う。
歪みを包み込み、押し留めている。
まるで、いつか破裂するのを知っていて、それでも蓋をするように。
「さすが聖女様だ……」
「これで安心だな」
「この学園に必要なのは、やっぱり聖女だ」
称賛の声が重なっていく。
その中心で、リリアはわずかに息を荒らしていた。
誰にも気づかれない程度に。
だが、確実に。
彼女自身が、削れている。
気づけば、俺は彼女に近づいていた。
「……無理をするな」
思わず零れた言葉に、リリアが驚いたようにこちらを見る。
「グラントヴァル様……?」
周囲の視線が一斉に集まる。
「今の魔法は、君の負担が大きすぎる」
空気が、ぴたりと止まった。
「何を言っているんだ」
声を上げたのは、勇者だった。
「彼女は人を救った。結果がすべてだろう」
正論だ。
この世界では、それが正義だ。
だから俺は、首を横に振る。
「結果が遅れて来ることもある」
「……?」
「いや、忘れろ。君には関係ない」
リリアは困ったように微笑んだ。
「私は大丈夫です。これが、私の役目ですから」
胸の奥が、鈍く痛んだ。
やはり同じだ。
使命に縛られ、救われる気など最初からない。
「役目、か」
低く呟く。
「……それが、君を壊す」
リリアの表情が、ほんの一瞬だけ揺れた。
だがすぐに、静かに首を振る。
「それでも、私は救います」
その夜、俺は学園の記録庫にいた。
原作ではほとんど触れられなかった、魔力災害の古文書。
ページをめくるたび、確信が強まっていく。
過去にも、聖女はいた。
癒しを重ね、称賛され、そしてある日突然、災厄が起きた。
原因不明。
偶発的。
そう記録されている。
だが違う。
「……救いすぎたんだ」
翌朝、学園の一角で小さな異変が起きた。
昨日癒された生徒が、突然倒れたのだ。
意識はある。
命に別状もない。
だが、魔力値が異常に高い。
教師たちが首を傾げる中、俺だけが理解していた。
歪みが、表に出始めている。
まだ小さい。
誰も気づかない。
だが確実に、世界は帳尻合わせを始めていた。
窓の外を見ながら、俺は静かに息を吐く。
ほらな。
やっぱりだ。
聖女の奇跡は、希望じゃない。
破滅を遅らせるだけの猶予だ。
そして、その猶予を誰も疑わない。
「……俺が悪役でい続けるしかない」
理解されなくてもいい。
感謝されなくても構わない。
この歪みに気づいているのが、俺だけなら。
それで十分だ。




