第26話 責任を知る者
学園の外で起きた異変は、公式にはすでに処理済みだった。
原因不明の魔力乱流。
一時的な濃霧。
魔法具の誤作動。
どれも珍しいものではない。
どれも、日常の範疇だ。
報告書は簡潔にまとめられ、
関係各所に形式的な注意喚起がなされただけで終わった。
だが、その紙面の隙間に――
違和感を見逃さなかった者がいる。
街道沿いの小さな村。
被害が最初に確認された地点。
焼け焦げた地面に残る魔力の痕跡を前に、
一人の人物が膝をついていた。
「……これは、自然発生じゃない」
低い声。
呟きに近い独白。
残滓は薄い。
だが、流れが整理されすぎている。
暴走した痕跡ではない。
処理された痕跡だ。
しかも、正面からではない。
「誘導……いや、逃がしたのか」
魔力は、外へ向かって流されている。
被害を最小限に抑えるよう、
意図的に進路を選ばされていた。
勇者の仕事ではない。
英雄が対処すれば、
必ず“力で押し切った痕”が残る。
だが、ここにはそれがない。
「……裏からやった人間がいる」
その人物は、立ち上がる。
名も、所属も、この時点では明かされない。
ただ一つ、確かなことがある。
――この異変は、誰かが背負った。
一方、学園ではいつも通りの一日が流れていた。
授業。
訓練。
談笑。
結界は安定し、
誰も危機を感じていない。
レオナール・フォン・グラントヴァルもまた、
その日常の中にいた。
だが、彼の感覚だけは、研ぎ澄まされていた。
空気が、わずかに違う。
魔力の流れに、
自分のものではない“視線”を感じる。
「……追われているな」
小さく、誰にも聞こえない声で呟く。
歪みを逃がした以上、
痕跡が完全に消えるとは思っていない。
むしろ、
誰かが気づくことを前提に動いていた。
問題は――
どの程度の人間かだ。
レオナールは、学園の端へ向かう。
人気のない回廊。
結界の継ぎ目。
そこに残る、微細な干渉痕。
自分のものではない。
だが、雑でもない。
「……同類か」
隠すつもりはない。
だが、迎え入れる気もない。
相手が敵か味方かを判断するには、
まだ情報が足りない。
夜。
学園の外縁。
観測者は、学園を遠巻きに見ていた。
結界は、完璧だ。
正面から崩せるものではない。
だが――
内部に、確実に“何か”がいる。
英雄ではない。
それは分かる。
英雄の行動は、
必ず表に出る。
称賛を集め、
記録に残る。
だが今回の件は、違う。
誰も知らず、
誰も語らず、
それでも世界が壊れなかった。
「……名前も立場も不明」
観測者は、学園を見つめながら思考を巡らせる。
勇者でもない。
教員でもない。
公式の組織でもない。
だが、
結界構造を理解し、
被害の拡大を防ぎ、
なおかつ“英雄の行動を前提にしなかった”。
「厄介だな」
賞賛される気がない。
責任を押し付ける気もない。
それでいて、
結果だけを残している。
観測者は、静かに結論に至る。
「この学園には……
英雄とは別の守護者がいる」
名前は知らない。
姿も見ていない。
だが、存在は確定した。
同じ頃、レオナールは、
学園の裏動線で足を止めていた。
気配は、遠い。
だが、確かにある。
こちらを見ている。
探っている。
「……気づかれたか」
隠し切れなかった。
だが、想定内だ。
問題は、ここからだ。
相手は、まだ動かない。
こちらも、動かない。
正体を明かすには、早すぎる。
排除するには、理由が足りない。
沈黙の中で、
二つの認識がすれ違う。
互いに、
同じ現実を見ているとだけ、理解しながら。
夜風が、結界を撫でる。
学園は、眠っている。
英雄も、
生徒も、
何も知らない。
だが――
もう、完全な孤独ではない。
レオナールは、影の中で目を閉じる。
悪役は、
誰にも知られない存在ではいられない。
気づかれた瞬間から、
次の物語が始まる。
それが、責任を知る者の宿命だった。




