第22話 悪役の役割
公式発表は、淡々としていた。
結界区画で発生した異変は、早期に察知され、被害が拡大する前に抑え込まれた。
学園の対応は迅速で、指揮系統にも混乱はなかった。
勇者の判断力と行動力。
現場で状況を見極め、踏み込み、引くべきところで退いた決断。
称賛は、自然に集まった。
エリシアの機転も、付け加えられる。
冷静な進言が、結果として被害の拡大を防いだ――そうまとめられた。
報告書の中に、もう一人の名前はなかった。
あの場にいたことは、ぼかされる。
具体的な行動は、触れられない。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
それでも、噂は消えない。
「……公爵子息、いたらしいよ」
「勇者を止めようとしたって」
「危険だったんじゃない?」
断定はない。
悪意も、ほとんどない。
だが、方向性は一つだった。
英雄の行動を妨げた存在。
場を乱した、不要な介入者。
誰も、嘘を言っていない。
だからこそ、訂正されることもない。
主人公は、それを知っていた。
廊下を歩けば、視線が変わる。
会話が、途中で止まる。
直接、責められることはない。
だが、距離は確実に生まれていた。
勇者も、その空気を感じ取っている。
主人公と視線が合うことは、減った。
避けているわけではない。
ただ――踏み込めない。
擁護するには、証拠がない。
否定するには、違和感が残る。
あのとき、止められた。
そして、助かった。
だが、それを証明できない。
英雄として立つ以上、
曖昧な感覚だけで言葉を発することはできなかった。
勇者は、距離を取る。
それが、今の正義だった。
一方で、エリシアは、より厄介な立場に置かれていた。
彼女は、あの場にいた。
勇者を止めた。
同時に、もう一つの“流れ”を感じていた。
だが、それを言葉にすれば、
自分の立場が揺らぐ。
「関わらない方がいい」
「誤解されるよ」
善意の忠告が、彼女を囲む。
否定できない自分が、いる。
それでも、切り捨てることはできなかった。
主人公は、静かに日常を送る。
弁明はしない。
訂正もしない。
誤解が広がっていることも、
自分の評価が落ちていることも、承知している。
それでも、口を閉ざす。
なぜなら――
説明すれば、世界はまた同じ選択をする。
英雄が前に出る。
皆がそれを支持する。
そして、壊れる。
それを止めるには、
英雄の隣に立つ必要はない。
むしろ、反対側に立つ必要がある。
主人公は、夜の学園を歩く。
灯りの少ない回廊。
遠くで、風が鳴る。
――悪役でいい。
そう、心の中で言い切る。
称賛を受ける必要はない。
理解される必要もない。
必要なのは、
世界が次の一歩を踏み外さないことだけだ。
悪役は、嫌われる。
疎まれる。
疑われる。
だが、その役割を誰かが引き受けなければ、
世界は英雄の善意だけで壊れてしまう。
翌日。
教員の態度は、わずかに硬かった。
監視ではない。
だが、以前より距離がある。
生徒たちの視線も、同じだ。
主人公は、それを受け入れる。
逃げない。
抗わない。
悪役とは、
説明しない者のことだ。
理解されないことを、
最初から織り込んでいる存在のことだ。
英雄には、称賛が集まる。
悪役には、沈黙が残る。
だが――
世界を守るのに必要なのは、
いつも英雄だけではない。
その事実を知っている者が、
一人、影の中に立っていた。




