第19話 問いかけ
放課後の学園は、昼とは違う顔を見せる。
人の気配は減り、
風の音や、遠くで鳴る鐘の余韻が、やけに大きく感じられる。
勇者は、中庭の端で足を止めた。
目的地があったわけではない。
ただ、考えを整理するには、人が少ない場所がよかった。
結界事故の後、
頭の中に引っかかるものが、どうしても消えない。
自分の判断。
踏み込んだ一歩。
そして――止まったはずの暴走。
説明は、聞いた。
納得も、しようとした。
だが、胸の奥に残る違和感だけは、どうにもならない。
「……やっぱり、いたか」
低い声が、背後から聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは公爵子息だった。
相変わらず、感情の読めない表情。
こちらを警戒している様子も、逃げる気配もない。
むしろ――
呼び止められることを、予期していたかのようだ。
「少し、話せるか」
勇者は、そう切り出した。
命令でも、詰問でもない。
ただの確認。
「構わない」
主人公は、即答した。
二人のあいだに、しばし沈黙が落ちる。
鳥の羽音。
木々を揺らす風。
この場に第三者はいない。
エリシアの姿もない。
それが、勇者には必要だった。
「……前から、思っていたことがある」
勇者は、結界事故には触れなかった。
あえて、避けた。
「君は、よく先を見ている」
主人公は、何も言わない。
否定も、肯定もせず、続きを待つ。
「何かが起きる前に、距離を取る。
起きた後じゃなく、起きる前だ」
勇者は、自分の言葉を選んでいた。
疑いを向けたいわけじゃない。
だが、無視もできない。
「それは、偶然じゃないだろう」
主人公は、静かに答えた。
「偶然もある。
だが、考えることはできる」
「考える?」
「起きた場合と、起きなかった場合。
どちらがより多くを壊すかを、だ」
勇者は、眉をひそめる。
「正解を知っている、という言い方には聞こえないな」
「知っているとは言っていない」
主人公は、淡々と言葉を重ねる。
「ただ、選ばれなかった選択肢を想像しているだけだ」
その言い方が、勇者の胸に引っかかる。
選ばれなかった選択肢。
自分が、踏み込まなかった未来。
止まっていた場合の結果。
それは、勇者自身も考えていたことだ。
「君は……」
勇者は、少し言葉を探す。
「守るために、前に出ないという選択をするのか?」
主人公は、即座には答えなかった。
代わりに、問い返す。
「前に出れば、すべて守れると思うか」
勇者は、言葉に詰まる。
思っていない。
だが、思いたい。
「守るべきものがあるなら、前に出るべきだ」
それが、勇者の信じてきた正しさだ。
主人公は、小さく息を吐く。
「前に出れば、壊れるものもある」
「それでも、進まなければ守れないものがある」
二人の言葉は、噛み合っているようで、
決定的にすれ違っていた。
どちらも間違っていない。
だが、同じ場所には立っていない。
しばらく、沈黙が続く。
勇者は、空を見上げた。
雲が流れていく。
変わらない景色。
それでも、学園は確実に変わり始めている。
「……一つ、聞いてもいいか」
勇者は、視線を戻した。
ここから先は、
踏み込む質問だ。
「君は、誰の味方なんだ」
空気が、張りつめる。
主人公は、視線を逸らさない。
「誰の味方でもない」
即答だった。
迷いも、躊躇もない。
「英雄でも、聖女でも、君でもない」
勇者は、その言葉を噛みしめる。
「じゃあ、何のために動いている」
主人公は、少しだけ間を置いてから答えた。
「終わらせないためだ」
「……何を」
「世界を」
大仰な言葉のはずなのに、
その声は、驚くほど静かだった。
「壊れるべきものは、確かにある。
だが、壊れてはいけない段階というものもある」
勇者は、ようやく理解する。
この男は、
守るために戦うのではない。
戦いそのものが、
引き起こす結果を恐れている。
「危険だな」
勇者は、正直に言った。
「君のやり方は、正義からは遠い」
「知っている」
主人公は、淡々と答える。
「だから、表には立たない」
再び、沈黙。
決裂ではない。
だが、溝ははっきりと見えた。
勇者は、主人公から視線を外す。
「……無視はできない存在だ」
それは、警告でもあり、
認めたということでもあった。
「それでいい」
主人公は、背を向ける。
「無視されるよりはな」
二人は、それ以上言葉を交わさなかった。
背中を向けて、別々の方向へ歩き出す。
同じ学園にいながら、
同じ道を歩くことはない。
だが、確かに触れ合った。
正しさと正しさが、
初めて、真正面から。
勇者は歩きながら、思う。
あの男は、敵ではない。
だが、味方でもない。
そして、
いつか必ず、止めなければならない存在だ。
一方で主人公は、心の中で確認する。
――想定通りだ。
勇者は、もう引き返せない。
だが、まだ折れてはいない。
なら、次に備える。
より深く、
より危険な選択が、近づいている。
正義は、同じ言葉を使っても、
同じ場所には立たない。
それが、今の結論だった。




