第18話 疑われ始める悪役
学園は、静かだった。
事件の直後に漂っていた混乱は、すでに表から消えている。
負傷者は回復に向かい、授業は再開され、生徒たちは日常へ戻っていった。
だが――
空気の底に、薄い膜のような緊張が張りついている。
それを最初に言葉にしたのは、教員でも、生徒でもなかった。
「……偶然では、説明がつかないな」
非公式の会合。
閉ざされた部屋で、数名の研究者と教員が結界の記録を見つめていた。
魔力の流れ。
改変された軌跡。
一瞬だけ、明確に“意図”を感じさせる処理。
「自然現象ではない。
だが、外部からの干渉とも考えにくい」
「学園の結界構造を理解していなければ、こんな調整は不可能だ」
結論は、誰も口にしなかった。
だが、全員が同じ方向を見ていた。
――内部に、誰かがいる。
それも、かなり近い位置に。
条件は、自然と絞られていく。
高位の魔力制御。
結界への理解。
現場に近い立場。
名前は、まだ出ない。
だが、候補は減っていく。
その変化を、勇者は敏感に感じ取っていた。
誰かが視線を向ける。
誰かが言葉を濁す。
直接的な疑いではない。
ただ、話題が変わる瞬間の、微妙な間。
勇者は、過去を振り返る。
事件の前。
そして、もっと前。
思い浮かぶのは、公爵子息の姿だった。
必要以上に感情を見せない。
だが、結果を知っているかのような言動。
忠告とも取れる言葉。
突き放しているようで、どこか核心を外さない態度。
――あいつは、いつも少しだけ早い。
気づいてから、対処するのではない。
起きる前に、距離を取っている。
疑っているわけじゃない。
だが、気になる。
勇者は、その感覚を否定しなかった。
一方で、エリシアは違う違和感を抱いていた。
学園の空気が変わったことは、彼女にも分かる。
だが、向けられている視線の質が、どうにも気にかかる。
公爵子息――
あの男のことを思い出す。
冷たい。
距離がある。
必要なことしか言わない。
だが。
あのとき。
自分が一番揺れていた瞬間。
彼は、責めなかった。
選択を突きつけただけだ。
答えを、こちらに預けた。
壊すための言葉ではなかった。
逃げ道を塞ぐための言葉でもない。
だからこそ、今も胸に残っている。
「……あの人は」
エリシアは、無意識に呟く。
「壊す側じゃない」
そう思ってしまう自分に、少し驚く。
確証はない。
理屈もない。
ただ、感覚だ。
誰かを疑う空気の中で、
彼だけは、同じ場所に置いてはいけない気がした。
その頃、当の本人は――
すでに察していた。
学園を歩くときの視線。
会話が途切れるタイミング。
背後に残る、微かな意識。
――始まったな。
想定より、少し早い。
だが、驚きはない。
結界の改変が見つかれば、こうなる。
むしろ、ここまで持った方だ。
主人公は、足を止めずに歩く。
逃げる気はない。
弁明もしない。
疑われること自体は、問題ではない。
問題なのは、
疑われる前提で動いていなかった場合だ。
もう、段階が変わった。
影にいるだけでは足りない。
視線を集めたまま、
それでも“決定打を与えさせない”動きが必要になる。
準備は、できている。
学園の中庭。
偶然を装って、三人が同じ空間にいた。
勇者。
エリシア。
そして、公爵子息。
視線が、一瞬だけ交錯する。
言葉は、交わされない。
だが、それぞれが感じ取っていた。
もう、何も起きていないふりはできない。
疑念は、形を持ち始めている。
悪役は、
何かをしたときではなく。
――疑われ始めたときから、
安全ではなくなる。
それが、この世界のルールだ。




