第14話 揺らぎ始める関係
訓練場の空気は、以前と同じはずだった。
剣が打ち合わされ、魔法が交錯し、
生徒たちの声が反響する。
それでも、勇者は違和感を覚えていた。
隣にいるはずの彼女が、
ほんの少し遠い。
「……どうかした?」
声をかけると、彼女は一瞬だけ言葉に詰まった。
「ううん。何でもない」
そう言って笑う。
だが、その笑顔は以前よりも慎重だった。
気遣いすぎている。
踏み込みすぎないように、距離を測っている。
勇者は、胸の奥がざわつくのを感じた。
自分が弱くなったのか。
それとも、何かを見落としているのか。
答えは出ない。
放課後、彼女は一人で歩いていた。
いつもなら、勇者の隣にいる時間。
だが今日は、理由をつけて別れた。
静かな回廊で、足を止める。
自分の言葉を思い返していた。
無理しないで。
危ないからやめて。
今じゃなくてもいい。
どれも、間違っていない。
どれも、彼を想っての言葉だ。
それなのに――
胸の奥が、苦しい。
自分は、彼を支えているのだろうか。
それとも、止めているのだろうか。
考えが堂々巡りを始めた、その時。
「悩む顔をしているな」
声がした。
振り向くと、そこにいたのは――
公爵子息だった。
彼女は一瞬、身構える。
彼は、学園では距離を置かれている存在。
問題児。
冷たい目を向けられる側。
「用事があるなら、手短に」
彼女はそう言った。
それ以上、近づかれたくないわけではない。
ただ、正体が分からない。
「忠告じゃない。質問だ」
彼は、感情のない声で言った。
「君は、彼が進むのを止めたいのか?」
唐突な問いに、言葉を失う。
「そんなわけ……」
「なら、守りたいだけか」
彼女は、口を閉ざした。
否定できない。
「守ることは、悪くない」
彼は続ける。
「だが、守られる側は、必ず立ち止まる」
彼女の胸が、強く脈打つ。
「君がいなくても、彼は進む」
一拍、間を置いて。
「だが、君がいるから、進めない可能性もある」
突き放すような言葉。
責めるでも、諭すでもない。
ただ、事実として置かれる。
「……それは」
彼女は、反論を探す。
だが、言葉が見つからない。
彼は、それ以上何も言わなかった。
答えを求めない。
理解を強要しない。
ただ、揺らしただけだ。
彼女は、その場に立ち尽くす。
勇者の背中が、脳裏に浮かぶ。
前に出る背中。
迷いのない背中。
そして最近、
ほんの少しだけ、躊躇する背中。
もし、それが自分のせいだったら。
もし、自分が彼の翼を――。
その夜、勇者は一人で剣を振っていた。
いつもより、遅くまで。
誰も止めない。
誰も声をかけない。
剣筋は、悪くない。
だが、どこか雑音が混じる。
彼女の顔が浮かぶ。
遠慮がちに笑う顔。
何かを言いかけて、飲み込む横顔。
「……俺が、悪いのか」
呟きは、闇に吸い込まれた。
彼女は、自室で窓を開けていた。
夜風が、熱を冷ます。
守りたい。
失いたくない。
それだけなのに。
以前と同じ距離でいられない自分がいる。
近すぎた。
近すぎたから、
離れ方を知らない。
それでも、戻れない。
関係は、静かに形を変え始めていた。
誰も声を荒げず、
誰も責めず、
ただ、少しずつ。
それが一番、壊れやすい。




