第11話 王道ヒロイン
学園は、穏やかだった。
廊下には笑い声が戻り、
中庭では昼休みを楽しむ生徒たちの姿がある。
不安は、薄れていた。
いや、忘れられていたと言ったほうが正しい。
人は、日常に慣れるのが早い。
勇者は、いつの間にか人の輪の中心にいた。
訓練の後には自然と仲間が集まり、
彼の言葉に、皆が頷く。
彼自身は、特別なことをしているつもりはないのだろう。
ただ、誠実で、真っ直ぐで、手を差し伸べることを躊躇わない。
それだけで、人は集まる。
そして、その隣には――
いつも一人の少女がいた。
派手さはない。
目を引く魔力も、特別な肩書きもない。
だが、彼女は自然にそこにいた。
勇者が困っていれば声をかけ、
周囲がざわつけば場を和ませ、
誰かが取り残されていれば、さりげなく隣に立つ。
幼い頃からの付き合いだという。
その事実だけで、すべてが納得できてしまうほど、
二人の距離は近かった。
――理想的だ。
誰も傷つかず、
誰も排除されず、
皆が笑っていられる関係。
俺は、その光景を少し離れた場所から眺めていた。
制限された行動範囲の中。
誰にも気づかれない位置で。
原作の記憶が、静かに重なる。
この時期。
この距離感。
この空気。
小さな出来事が、積み重なっていく。
昼休みの何気ない会話。
訓練後の労い。
勇者が無理をしたとき、真っ先にかけられる心配の言葉。
それらはすべて、
「幸せな未来」へ向かうための正しい選択だ。
誰が見ても、間違いではない。
少女が、勇者に言う。
「無理しないで。あなたが倒れたら、みんな困るんだから」
とても、優しい言葉だ。
勇者は笑って応じる。
「大丈夫だよ。守れる力があるなら、使わない理由はない」
二人の間に、疑いはない。
迷いもない。
世界が、この関係を肯定している。
だが――
俺には分かっていた。
この言葉は、
かつて聖女が口にしていたものと、同じ構造をしている。
違いは、奇跡か日常か。
魔法か感情か。
だが、根は同じだ。
「今の平和を、続けたい」
「皆が笑っていられる時間を、守りたい」
その願いは、正しい。
正しすぎる。
だからこそ、歪みを生む。
維持しようとするほど、
変化を拒むほど、
世界は無理を強いられる。
少女は、何も悪くない。
勇者を縛っている自覚すらない。
ただ、隣に立ち、支えようとしているだけだ。
それが、次の引き金になる。
俺は、静かに息を吐いた。
この幸福は、
壊れる。
壊さなければ、
もっと大きな形で、世界が壊れる。
聖女のときとは、規模が違う。
これは、学園全体を巻き込む。
光の中で笑う二人を見ながら、
俺は、次の仕事を確認した。
悪役としての仕事を。
幸せな物語ほど、
壊れるときの音は、大きい。




