第10話 悪役の仕事
夜の魔法学園は、ひどく静かだった。
昼間の喧騒が嘘のように消え、
石畳に落ちる月明かりだけが、世界を照らしている。
今日起きた事件は、すでに片づけられていた。
記録上は、魔力事故。
原因は制御不足と疲労の重なり。
再発防止策は、指導の徹底。
誰も、疑っていない。
それでいい。
俺は、結界の痕跡が残る場所に立っていた。
昼間、暴走が起きた実技場の片隅。
すでに修復は終わっている。
表から見れば、何の変哲もない結界だ。
だが内側は違う。
魔力の流れを、ほんの少し歪めてある。
圧が一点に集中しないよう、逃げ道を作った。
完全に止めることは、できなかった。
正確には、しなかった。
止めれば、別の場所で破裂する。
より脆い場所で、より大きな被害を出す。
だから選んだ。
ここで、最小限に噴き出させる。
それが、俺にできる限界だった。
「……まだ、軽い方だ」
独り言が、夜気に溶ける。
今日の暴走は、小規模だ。
死者は出ていない。
重傷者もいない。
それでも、歪みは確実に積み上がっている。
祝福を受けた生徒の魔力は、
すでに本人の器を超えていた。
聖女の癒しは、その場の傷を塞ぐ。
だが、溢れた魔力そのものは消えない。
行き場を失ったそれは、
いつか、必ず、形を持って噴き出す。
それが、この世界の仕組みだ。
俺は結界から離れ、校舎の影を歩く。
遠くの建物から、淡い光が漏れていた。
医務室だ。
聖女リリアが、まだ癒しを行っているのだろう。
人を救い、
称えられ、
感謝される。
彼女の仕事は、光の中にある。
勇者も、きっとその傍にいる。
正義の側に立ち、
守るべきものを守り、
疑問を胸に抱えながらも、前を向いている。
それでいい。
誰かが光を浴びるなら、
誰かが影を引き受けなければならない。
それが、帳尻というものだ。
俺は、自分の記録を確認する。
原作の進行度。
フラグの達成状況。
ズレ始めた因果の位置。
次に見えるのは、
王道ヒロインのルート。
幼馴染。
正統派。
勇者と結ばれ、学園に平和をもたらす存在。
原作では、美しい物語だ。
だが、そのルートが完成した先にあるのは、
今日よりも、もっと大きな歪み。
祝福の連鎖。
救済の加速。
そして、取り返しのつかない崩壊。
「次は……もっと派手に壊れるな」
呟いた声に、感情はない。
恐怖も、期待も、ない。
ただ、確認だ。
俺は悪役だ。
英雄ではない。
世界を良くもしない。
ただ、終わらせない。
完璧な解決は存在しない。
あるのは、よりマシな失敗だけ。
なら、俺はそれを選び続ける。
誰にも知られず。
誰にも感謝されず。
誰にも理解されないまま。
悪役は、物語を進めない。
ただ――
終わらせないだけだ。




