第1話 悪役としての正解
目を覚ました瞬間、俺は理解してしまった。
――ああ、ここはエロゲの世界だ。
それも、ただの舞台じゃない。
俺自身が“物語に登場する”側であり、しかも役どころは最悪だった。
レオナール・フォン・グラントヴァル。
公爵家の嫡男。
魔法学園に君臨する名門中の名門。
そして――原作では、必ず断罪される悪役。
よりにもよって、だ。
天井に刻まれた精緻な魔法紋様を見上げながら、俺はため息をつく。
前世の記憶が戻った瞬間に、連鎖するように“原作知識”が頭の中に蘇っていた。
この世界は、学園恋愛エロゲ。
勇者ポジションの主人公がヒロインたちと絆を結び、災厄を退け、幸せになる物語。
そして俺は――
その物語の途中で、すべてを台無しにする役だ。
権力を振りかざし、ヒロインを追い詰め、勇者に討たれる。
それが、グラントヴァル公爵家の末路。
……普通なら、全力で回避するだろう。
悪役転生ものの定石通りに、善人ムーブをして、ヒロインに優しくして、生き残る。
だが。
「それができるなら、苦労しない」
小さく呟き、ベッドから身を起こす。
なぜなら俺は知っている。
このエロゲ世界の“致命的な仕様”を。
――聖女を救えば、世界が壊れる。
この物語のヒロインの一人、
聖女リリア・アルヴェーン。
癒しの魔法を持ち、人を救い、皆から愛される少女。
原作では彼女を救うことで、物語はハッピーエンドへ進む。
だが、それは“表向き”の話だ。
本当は違う。
彼女の癒しは、世界を修復しているわけじゃない。
ただ、歪みを未来へ先送りしているだけだ。
本来死ぬはずだった者が生き延び、
本来折れるはずだった因果が残り、
やがて、取り返しのつかない形で噴き出す。
原作の最悪エンド。
すべてのヒロインを救った先に訪れる、世界崩壊。
――それを知っているのは、この世界で俺だけだ。
だから、俺は。
「……確認しに行くか」
立ち上がり、制服の上着を羽織る。
魔法学園の中庭。
昼休みの喧騒から少し離れた場所に、彼女はいるはずだった。
白を基調とした制服。
控えめな金髪。
静かに祈るように魔法陣を展開している少女。
リリア。
思ったよりも、痩せて見えた。
「……君が聖女か」
声をかけると、彼女は驚いたように顔を上げる。
その瞳は、澄んでいるのに、どこか疲れていた。
「はい。ですが……何かご用でしょうか、グラントヴァル公爵子息」
距離を保った、丁寧な口調。
まだ、俺を悪役として認識してはいない段階だ。
「少し、話がある。君の……使命についてだ」
一瞬、彼女の表情が揺れた。
「使命、ですか」
小さく微笑むが、その笑みはどこか硬い。
「私は、与えられた役目を果たしているだけです。人を救うことが、私の存在理由ですから」
――逃げ道がない言い方だ。
俺は、ほんの一瞬だけ迷った。
もしここで、原作を裏切って、彼女を連れ出して、守ると誓えば。
もしかしたら。
「……やめておけ」
口から出た言葉に、俺自身が一番驚いた。
「え?」
「君が救えば救うほど、世界は歪む。君自身も、壊れていく」
彼女は目を見開き、それから――静かに首を振った。
「それでも、私は救います」
迷いのない声。
「誰かが苦しんでいるのを知っていて、何もしない方が……私には、できません」
ああ。
やっぱり、そうだ。
この少女は、最初から“救われない覚悟”を持っている。
だからこそ、原作ではヒロインになった。
だからこそ、この世界は破滅へ向かった。
俺は、一歩下がる。
「……そうか」
それ以上、何も言わなかった。
助けようとした。
本当に、一瞬だけ。
だが、分かった。
ここで彼女を救うことは、正解じゃない。
俺は踵を返し、背を向ける。
「あなたは……冷たい方なのですね」
背中越しに、彼女の声がした。
否定しなかった。
理解してもらうつもりもない。
それでいい。
彼女を救わないと決めた、その瞬間から。
この物語で、俺は――悪役になった。




