第4話 深夜の車両基地 編
(四)
「おいっ!大変なことになったぞ!」
ある日のことでした、夜遅く仕事を終えた先輩が、車両基地に戻ってくるなり言いました。
「山手線に、また新型が投入されるぞ!」
ボクには、何のことだかわかりませんでした。もちろん、山手線に新型車が投入されることはわかりました。でも、その何が大変なことなのか・・・。
先輩が言うには、こういうことでした。
まず山手線に新型の E235系 が投入される(①)ことにより、今、山手線で活躍している E231系500番台 が中央・総武緩行線へ転属になります(②)。すると、中央・総武緩行線で活躍している E231系0番台 や 209系500番台 たちが、玉突きで武蔵野線に転属してきます(③)。そうなると、今、武蔵野線でがんばっているボクたちはどうなってしまうのでしょうか(④)?
① 山手線 に最新型の E235系 が投入される。
② 山手線 の E231系 500番台 → 中央・総武緩行線へ転属
③ 中央・総武緩行線 の E231系 0番台、209系500番台 → 武蔵野線へ転属(川越線、八高線へも転属予定)
④ 武蔵野線 の 205系 → ???
もし、山手線の車両が全部新型車で置き換わったとすると、山手線から追い出された車両たちで中央・総武緩行線のほぼ全部の車両を置き換えることができます。そうなると、中央・総武緩行線を追い出された車両たちで、武蔵野線のボクたち205系全部を置きかえることが可能になってしまいます。
その日以来、ボクたち武蔵野線の電車の間では、この話題で持ち切りになりました。
「おれたち、こらからどうなるんだよ?」
「もしかして、廃車になるのか?」
ボクたちは、毎晩のように車両基地で議論を重ねました。
議論はいつも白熱しました。単に愚痴になってしまうこともありましたが、ボクたちなりに、これからはどんな列車として活躍していくのか、こんな列車やあんな列車やとアイデアを持ち寄ったりもしました。
「例えば、こんなのはどうだ!福島の方へ行くと、車内でスイーツが食べられる電車が走っているんだ。それって、719系を改造した車両なんだけど、改造前と改造後のイメージはこんな感じ↓」
「719系って、オレたちと似たようなもんだろ。719系でできるなら、オレたちだってやれるんじゃないか!オレたちの場合、イメージはこんな感じ↓」
「そうだ、これで山手線を走ってさ、山手線初のスイーツ列車って触れ込みで・・」
「きっと、甘いものを食べながらおしゃべりしたい女子にはうけるね。一周1時間で、時間的にもちょうどいいしね」
「甘いものは注文しなくても、気軽にコーヒーを飲める車両もあっていいよね」
「きっと、仕事をサボりたい外回りのサラリーマンにはうけるね。何かあったら、「次のクライアントへ移動中です」って言い訳できるしね」
「うんうん、いいねいいね。オレたちもまだまだ捨てたもんじゃないね」
特にこのスイーツ列車のアイデアは、ボクたちの間でとても盛り上がりました。山手線から転属してきた先輩たちは、「山手線初の・・」というところに惹かれるものがあったようです。
しかし、このスイーツ列車の話は、しばらくすると立ち消えになってしまいました。
こういう列車は、利用者の減少に悩むようなローカル線で、かつ、食材にその地方の特産品を使うなどしてこそ、意味があるのです。話題にもなり、地域の活性化にも繋がります。山手線のような、黙っていてもたくさんの人たちが利用してくれるような路線でやっても仕方がないのです。本当は、先輩たちも分かっているのかもしれません。
「どこか、中古の電車を募集している鉄道会社はないかな」
「よし!みんな履歴書を用意しよう」
「えーと、当方、直流の通勤電車です。車輪の幅は1067mm。ドアは4つで、座席はロングシートです・・。あれっ?みんな同じになっちゃうね」
「よ~し、こうなったら、みんなでデモ行進しようぜ!」
「「電車の雇用を守れ!」「使い捨てにするな!」みたいな感じでさ」
「赤い鉢巻をして、「今こそ連結せよ!」「一致連結!」って感じ?」
「いっそのこと、オレたちも宇宙へ飛び出そうぜ!999みたいな感じでさ」
「スペース武蔵野線か!始発駅は宇宙本町だね!なんちゃって」
「ハハハ」
そうこうしているうちに、時間だけが過ぎていきました。
そして、時間が経つにつれ、もう少し具体的なことが分かってきました。
「どうやらオレたち、とある南の国の鉄道会社に譲渡されるらしいぞ」
「たしかに、埼京線、横浜線、南武線で活躍した仲間たちも、ずいぶんと海外へ渡ったしな」
「今度は、オレたちがその番になったというわけか」
その情報が流れてから、ボクたちの間には、とりあえず廃車は免れた、という安堵感が拡がりました。
でも、ある晩、先輩と車両基地で一緒になった時のことでした。
ボクが、「南の国へ行ったら、どんな路線を走るのでしょう?」とか、「車体の塗装はどうなるのかなあ?」といったように、南の国の鉄道会社へ譲渡されてからのことをいろいろ先輩に訊いても、先輩はあまり乗り気ではありません。
そうしているうちに、先輩が言いました。
「・・オレは行かない」
「えっ?」
「オレは南の国へは行かない」
「えっ?何でですか?みんで一緒に行くのではないのですか?」
「電車のことは、電車が自分で決めるのさ」
「・・・」
「なあメルヘン、人間なんていいよなあ。オレたちが毎日乗せている人間だよ」
「・・・」
「人間なんて、たとえどんなに考え方が合わなくても、どんなに相性が悪くても、どんなに虫が好かなくても、何人いたっていいじゃないか」
「・・・」
「でも、オレたち電車は違う。オレたち電車は、そもそも必要な数が決まっている。それ以上はいらないんだ」
「・・・」
「もういいだろ、最後ぐらいカッコつけたいじゃないか」
「・・・」
「こうやって一緒に過ごすのも、あと少しだな」
「・・・」
「そうだ、いいこと教えてやるよ」
「そこの国の人たちは、車内が混んでいると、屋根の上にもよじ登ってくるらしいぞ」
「ええっ!」
「それから、熱心な鉄道ファンの人たちが、わざわざ日本から来てくれることもあるだろう。そんな時は、方向幕にこっそり「東京」とか「府中本町」とか出しておくと、喜んで写真を撮ってくれるらしいぞ」
「そんなことをしたら、現地の人たちは困らないでしょうか?」
「いいのいいの、そこの人たちはそんな細かいこと気にしないから」
南の国へ行ってもがんばれよ。
辛いことがあっても、電車としての誇りを忘れるな。
その国の人たちに、電車というもの手本を見せてやれ。
□□□
それから少して、彼らの車両基地に、中央・総武緩行線から転属してくる車両たちが実際にやってくることになりました。そして、その車両たちが、1編成、また1編成とやってくるたびに、同じ数の電車たちが、彼らの車両基地を追われることになりました。
ある者は自走して北関東のとある車両基地へ向かい、またある者は、機関車に牽引され東北地方のとある駅へと向かいました。それは、その新たな場所で活躍する、ということではなく、単に彼らの車両基地の中に居場所がないから、というだけのことでしかありませんでした。彼らが、次にまた別の場所へ移動しなければならない時、その時こそ、それは彼らにとって最後の旅になるのかもしれないのでした。
そして、南の国の鉄道会社へ譲渡されることになった者たちは、機関車に牽引され、とある地方の港へ向かいました。
港へ向かった者たちは、本線から貨物線、さらに臨港線へと進んで行きました。そして、臨港線の終点である埠頭の、そのさらに一番奥に到着すると、彼らは一両ずつ分離され、だだっ広い空き地に並べられました。その姿は、魂の抜けたただの箱のようなものであり、何も知らない部外者から見れば、いらないもの、廃棄物、ゴミ、でしかありませんでした。
それから少ししたある日、彼らは一両ずつクレーンで吊り下げられ、大型の輸送船の内部に運ばれていきました。そして、出港の時刻になりました。彼らを載せた輸送船は、大きな汽笛を鳴らし、ゆっくりと港を離れて行きました。
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(5)へ続きます。
以下、年表です。(この章に関する部分のみ)
2016年(平成28年) (山手線)E235系(量産先行車) 運用開始
2017年(平成29年) (山手線)E235系(量産車)運用開始(予定)
山手線からE231系500番台が中央・総武緩行線に転属開始(予定)
中央・総武緩行線からE231系0番台、209系500番台が武蔵野線に転属開始(予定)
201X年(平成XX年) (オレ)(メルヘン)武蔵野線での運行終了
2020年(平成32年) (山手線)全編成 E235系 での置き換え完了(予定)




