第3話 年に一度の終夜運転 編
(三)
12月31日の大晦日、一年が終わり、また新しい年を迎えようとしています。
カウントダウンのイベントや、初詣、それに深夜の初売りへと、多くの人たちが、日頃であればスヤスヤとお眠りになっている時間にお出かけになります。
そのため、山手線をはじめ首都圏のいくつかの路線では、大晦日の夜から元日の早朝にかけて終夜運転を行います。
その終夜運転には、ボクたち武蔵野線の電車も駆り出されます。
前にもお話したように、ボクたちの武蔵野線は、府中本町から西船橋までの路線です。そして、その西船橋からは京葉線に乗り入れていきます。
その京葉線は、東京-蘇我 間と、東京-西船橋 間で終夜運転を行うのですが、そのうちの東京-西船橋 間の終夜運転をボクたち武蔵野線の電車が担当するのです。
路線の正式な名称ということで言えば、東京-西船橋 間の全区間が京葉線です。にもかかわらず、西船橋へ乗り入れる京葉線の列車は、そのほとんどが、京葉線のE233系君たちではなく、ボクたち武蔵野線の電車で運行されています。そのため、東京-西船橋 間の終夜運転も、ボクたち武蔵野線の電車が担当するわけです。
と言っても、東京と西船橋の間を行ったり来たりするだけですし、深夜ですので30~50分ぐらいに1本しかありません。そのため、東京-西船橋 間の終夜運転には2編成あれば充分で、その2つの編成で交互に行ったり来たりします。
今年の大晦日は、東京-西船橋 間の終夜運転の運用のうちの一つを、ボクが担当することになりました。
夜になり、ボクは、一日の、というか一年の締めくくりとして、府中本町 22時7分発の東京行きを担当し、終点の東京駅に23時53分に到着しました。この列車が、武蔵野線の東京行きの最終列車(【参考1】の定1)で、日頃であれば、この列車を担当するとその日の仕事はそれで終わりになります。
ですが今日は、日付が変わって1月1日になったちょうどその時、0時0分発の西船橋行き(【参考1】の終①)になって折り返しました。この列車から、東京-西船橋 間の終夜運転が始まるのです。
新年を迎える0時ちょうどと言っても、例えば、「・・・、3、2、1、ハッピーニューイヤーーーーー」のようなカウントダウンがあるわけでもなく、意外と静かに発車していきます。乗っている人もまばらです。なんだか、拍子抜けしてしまいますね。
八丁堀、越中島、潮見といった途中の駅でも、乗り降りする人はあまりいません。
でも、葛西臨海公園では、観覧車のイルミネーションが輝いていてとてもきれいです。大晦日の夜から元日の朝にかけては、終夜営業をするのだそうです。たしかに、よく見ると、少しずつ回転しているのがわかります。
それから、次の舞浜では、夢の国でも、新年のカウントダウンをはじめ、オールナイトで営業をしているのだそうです。それに合わせて、夢の国の可愛らしいモノレールも終夜運転をしています。ボクたちの終夜運転に比べると、ずいぶん賑やかで楽しそうです。
その舞浜で、夢の国からの帰りと思われる人たちが乗車し、やっと座席が埋まるくらいになりました。
終夜運転のもう一つの運用、つまり、西船橋 0時14分発の東京行きで始まる運用は、今年は先輩が担当することになっています。
0時21分、新浦安と市川塩浜の間で、ボクたちはすれ違いました。新しい年になって初めてですので、
「あけましておめでとうございます」
「おうっ!今年もよろしく!」
って、お互いに新年の挨拶を交わします。
0時28分、終点の西船橋に到着します。終点ですので、乗っていた人たちがみなさん下車してしまいます。その一瞬はホームが賑やかになりますが、すぐに誰もいなくなってしまいます。とても静かです。
その後は、1時5分発の東京行きとなって折り返します。
やはり舞浜まではガラガラで、その舞浜で夢の国からの帰りと思われる人たちがどっと乗ってきて座席が埋まります。
東京駅に到着すると、今度は1時38分発、さらには西船橋 2時25分発、東京 3時5分発といったように、東京と西船橋の間を行ったり来たりします。
そのたびに、もう一つの運用を担当している先輩とすれ違います。新年の挨拶は、最初にすれ違ったときにしてしまいました。すれ違うたびに「あけまして・・」というのも変ですよね。日頃は、これだけ短い時間の間に先輩と何度もすれ違うことはありませんので、なんだか不思議な感じがしてしまいます。
そして、最後は、東京 4時29分発の府中本町行き(【参考】の終⑦)になります。
やはり舞浜まではガラガラで、その舞浜で夢の国からの帰りと思われる人たちがどっと乗ってきます。この列車は、西船橋から先の武蔵野線に直通する一番列車になりますので、わざわざこの列車を待っていた方もいらっしゃるのかもしれません。
さすがに時間も時間ですので、みなさんお疲れのようです。多くの人たちが、乗車して座席に座るとすぐに眠りについてしまいます。
こういう時は、ボクたちのように少しぐらい時間がかかる電車の方が、よく眠ることができるのかもしれません。みなさん、どんな夢をみていらっしゃるのでしょうか。
***
ボクたち武蔵野線は、遠まわりをしています。
半円を描くように遠まわりをしているがゆえに、いろんな駅でいろんな路線と交差しています。実際、府中本町から西船橋までの全26駅のうち、実に半分の13の駅で、何らかの他の路線に乗り換えることができます。
そのため、多くの人たちは、ボクたちに乗ってもいくつか先の駅ですぐに降りて行ってしまいます。
でも、ボクは気が付いていました。ごくごく少数ではありますが、なぜかわざわざ遠まわりをする人たちがいることを。
もちろん、電車に乗るのが大好きな鉄道ファンの人たちは別です。そうではなくて、電車に乗るのが楽しそうではないけれど、わざわざ遠まわりをする人たちがいらっしゃるのです。
ある時、西国分寺で、サラリーマン風の男性が乗ってきました。
その男性は、最初はロングシートの中央に座っていたのですが、新座駅を発車したあたりで席を立ち、ドアの窓から外の景色を眺め始めました。
ですが、特に何を見たいというふうでもなく、ただぼんやり外の景色を眺めているように見えます。
何か、この辺りに思い入れでもあるのでしょうか。もしかして、昔、この辺りに住んでいたとか、この辺りに通ったことがあるとか、なのでしょうか。
その男性は、その後、また席に座りましたが、その後はずっと、終点の東京駅まで何か考え事をしているようでした。
男性は、なぜわざわざ遠まわりをするボクに乗ってきたのでしょうか。男性が見たかった景色はどんな景色だったのでしょうか。もちろん、ボクにはわかりません。
また別のある時、母親と思われる女性と、幼稚園ぐらいの小さな男の子が、いつの間にか乗っていました。
女性は、特に何かをするわけでもなく、座席に座ってただぼんやりしていました。男の子は、お母さんの横にちょこんと座り、絵本を読んでいます。
少しすると、男の子は絵本を読み終わってしまいました。隣に座っているお母さんの顔を見上げ、何か言いたそうです。
(えほん、よみおわっちゃった)
(ねえ、まだつかないの?)
とでも言いたかったのでしょうか。
しかし、男の子は、その子なりに何かを察したのか、何も言わず、また絵本を最初のページからめくり始めました。
でも、また少しすると、読み終わってしまいます。すると、また隣に座っているお母さんの顔を見上げました。しかし、男の子は、今度も何も言わず、絵本を最初のページから読み直すのでした。
結局、終点の東京駅に到着するまで、何度もそれを繰り返していました。
お母さんと男の子は、なぜわざわざ遠まわりをするボクに乗ってきたのでしょうか。その時、お母さんは何を考えていたのでしょうか。もちろん、ボクにはわかりません。
わざわざ遠まわりをする人たちは、なぜか楽しそうではありません。楽しいわけでもないのに、なぜわざわざ遠まわりをするのでしょうか。
ボクたち電車は、決められた線路の上を行ったり来たりするだけです。よって、ボクたち自身は、あまり遠まわりをしているという意識はありません。
でも、人にとっては、ボクたち武蔵野線は、明らかに遠まわりをしています。
例えば、西国分寺から東京駅までなら、中央線の快速電車を利用すれば50分弱で到着できますが、ボクたち武蔵野線だと、ちょうど倍の1時間40分ほどもかかってしまいます。
つまり、あえて遠まわりをしたい人でなければ、わざわざボクたちを利用するわけはないのです。
もちろん、遠まわりをしたい人がいるからといって、
「遠まわりをしたい人は、ぜひボクたちに乗って下さい」
と、胸をはって言うことではないかもしれません。
ですが、こうやってごくわずかではあったとても、遠まわりをするがゆえにボクたちを利用してくれる人たちがいてくれるのであれば、たとえそれが遠まわりであったとしても、決して無駄なことではないのではないでしょうか。少しは、誰かのためになっているのではないでしょうか。
***
ボクは、つまり、東京駅を4時29分に発車した終夜運転の臨時列車は、4時59分発の西船橋から新しい年の始発電車に変身し、終点の府中本町を目指して走り続けています。
途中の駅に一つ一つ停車していくたびに、目をこすりながら、あるいは欠伸をしながら、まだ眠たそうな顔をして降りていく人たちがいらっしゃいます。
その反対に、新たに乗ってくる人たちもいらっしゃいます。そうしているうちに少しずつ、終夜運転の電車から、日常のいつもの風景へと移り変わっていきます。
6時を過ぎて、終点の府中本町が近づいてきました。
東の空にオレンジ色がまじり、少しずつ明るくなってきています。
そして、6時16分、終点の府中本町に到着しました。
ですが、これで終わりではありません。
引き上げ線でほんの少しだけ休憩した後、今度は、府中本町 6時35分発の東京行きとなって折り返しました。
早朝にもかかわらず、いつものように各駅で乗り降りする人たちがいらっしゃいますが、ボクが夜通し働き続けて今ここにいることは、誰も知りません。
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(4)へ続きます。
この章には年表はありません。
【参考1】京葉線 東京-西船橋 終夜運転 時刻表
オレンジ背景 → 作中でメルヘンが担当した運用
黄色背景 → 作中で先輩が担当した運用
※ この時刻表は、2017年1月のものをベースにしています。
京葉線には、これとは別に 東京-蘇我 間にも終夜運転の列車があります。
【参考2】武蔵野線 停車駅と他線乗り換え
府中本町 → 南武線
北府中
西国分寺 → 中央線
新小平
新秋津 → 西武鉄道・池袋線(秋津駅)※ 徒歩連絡
東所沢
新座
北朝霞 → 東武鉄道・東上線(朝霞台駅)
西浦和
武蔵浦和 → 埼京線
南浦和 → 京浜東北線
東浦和
東川口 → 埼玉高速鉄道
南越谷 → 東武鉄道・伊勢崎線(新越谷駅)
越谷レイクタウン
吉川
吉川美南
新三郷
三郷
南流山 → つくばエクスプレス
新松戸 → 常磐線
新八柱 → 新京成電鉄(八柱駅)
東松戸 → 北総鉄道
市川大野
船橋法典
西船橋 → 総武線、京葉線、東京メトロ・東西線、東葉高速鉄道




