勇気があるならば今こそ奮い立たせろ
波も風も穏やかだった。
揺れがおさまると、全員が部屋から出で
船上の前方へ行った。
360度見渡す限り、海と空しか見えない景色に
悠も環も初めて覚える感情が湧き上がった。
美しくもあり、怖くもあり、
ずっと見ていたいとも思えた。
「これは凄いな。どこまでも海だ」
ゼンも志々度総隊長も
周囲を見回していた。
「確かに大陸は見えないな。消えた大陸と言われる所以か」
倫国王も周囲を見回していた。
「この辺りを船で回るか?」
鈴が倫国王に尋ねた。
「そうだな……いや、待て」
倫国王が前方の方へと歩きながら、目を凝らした。
「何だ?」
悠、環、志々度総隊長、ゼン、鈴も
倫国王が見る方向を眺めた。
「……何かが近づいて来る?」
悠が言った時、全員がそれを目視していた。
それは猛スピードでこちらへ近づいて
大きな白い物体が船の前にそびえ立った。
「電子守紋……そんな……まさか」
環が亡霊でも見るかのように見上げていた。
色は違うが闇の淵で見た麒麟そのものだった。
悠は環の横に立って囁いた。
「環、大丈夫だ」
その声に環は胃が持ち上がった感覚が薄れ
落ち着きを取り戻した。
「白い麒麟か!」
倫国王が見上げながら言ったと同時に、
それはまるで分身するかのように4つに増えた。
瞬きする間もないくらいの速さで
船の左右と後方にそれぞれ回っていった。
「くそっ!なんて速さだ!」
「船を四方から攻撃するつもりだ!」
志々度総隊長とゼンが
それぞれ船の左右に白い麒麟を追って走っていった。
「悠と環はここを頼む!」
倫国王はそういうと、
船の後方に向かい白い麒麟を追って走っていった。
「簡単には攻撃させない!」
鈴が叫ぶと同時に、鉄のような金属のシールドレイヤーが現れ
船の本体を覆った。
そして、船を取り囲むようにも覆った。
(シールドレイヤーを作れるのか!?)
走る後ろで鈴の叫ぶ声を聞きながら
倫国王は後方に飛んで行く白い麒麟を追った。
鈴のシールドレイヤーで白い麒麟が見えなくなった瞬間、
それは僅かな時間ではあったが、
全員が落ち着きを取り戻し、
どう電子守紋の白い麒麟と戦うかを
各々が考えることができた。
環は思考を猛スピードで巡らせていた。
(あの時、ネオコードノヴァでは確実に電子守紋は削除した。ミスはしていないはずだ。自分を信じろ。もっと本質的な問題があるんじゃないか。見落とすな)
環はハッとした。
「ジェノコード……」
「え?」
悠が聞き返した。
「悠、アカツキノ大陸は消滅していないんだよ。ただ消えただけなんだ……見えてないだけで存在しているんだ!」
環が何かを掴んだように続けた。
「白い麒麟は、ジェノコードの電子守紋なんだ!」
環は考えていた。コードノヴァのできた経緯を。いつ、誰が、どうやって。しかし、今はこの白い麒麟をなんとかしなくては。考えるのは後だ。と自分に言い聞かせた。
「これは、ジェノコードの片鱗だ」
環が、見えないが金属のシールドレイヤーの向こうにいる
白い麒麟を睨みながら言った。
悠は背筋に恐れと共に汗が流れるのを感じていた。
――勇気があるならば今こそ奮い立たせろ
隣で僅かに震える足でしっかりと船の上に立ち、
白い麒麟を睨む環を横目で見て、
悠は、
シガの歌を聴いたときよりも心の奥が強く震えていた。
四方を囲む白い麒麟が同時に火を放った。
金属のシールドの一部は溶け、
白い麒麟が姿を現した。
悠と環が、竹虎と桜鱗蝶の守紋符を出した。
それぞれの手のひらでくるりと回転し、
ポンッと一瞬で竹と虎、桜と鱗と蝶が姿を現した。
竹の葉が、白い麒麟の方へと道を作り、
虎がその上を駆けていき襲い掛かっていった。
無数の桜と鱗と蝶が渦を巻くように白い麒麟へと襲い掛かった。
ゼンは、剣を抜くと火炎宝珠の守紋を出し
白い麒麟へと剣を振り上げた。
志々度総隊長は、懐からいくつもの爆薬を出すと
白い麒麟へと投げつけた。
倫国王は、楓鹿の守紋符を出した。
手のひらでくるりと回転し、
ポンッと一瞬で楓と鹿が姿を現した。
無数の楓が高速で回転しながら
白い麒麟へと襲い掛かった。
4つの白い麒麟は、
全ての攻撃を麒麟の炎でかわしていった。
同時に、目の前の金属のシールドレイヤーも全て溶かしてしまった。
船体のシールドレイヤーは、鈴が幾重にも重ねながら守っていた。
圧倒的な強さに怯むことなく
悠も環もゼンも志々度総隊長も攻撃を続けた。
二度目の攻撃も効かないのが分かった時、
倫国王は腰に差していた聖剣を
スラリと抜いた。
その瞬間、4つの白い麒麟がピクリと反応した。
そして、前方、左右の3つの白い麒麟が、
後方に駆けていった。
「急にどうしたんだ!?」
悠と環が顔を見合わせた。
悠も環もゼンも志々度総隊長も鈴も
白い麒麟を追いかけて、船の後方へ走っていった。
(後方は倫国王が守っているはず。いったい何が?)
悠は全速力で駆けていきながら
倫国王の身を案じた。
3つの白い麒麟が合流すると同時くらいに、
5人も後方に到着した。
後方の船上では、
倫国王が聖剣を構えて、
白い麒麟と対峙していた。
環は、そのとき、伯父の亮当主の言葉がよぎった。
『麒麟、龍、鳳凰、亀の四瑞が闇に落ちたら、世界は暗黒の時代になる』
「聖剣を狙ってる!」
環が叫んだ。
「聡いのぉ」
「気づいたか」
「だが、止められぬわ!」
白い麒麟が口々に声を発した。
それと同時に、
3つの白い麒麟が倫国王に襲い掛かった。




