行かなくてはならない、今がその時だ
新年を迎え、冬休みも後半に入った。
くすんだ空からは牡丹雪が降り始めた。
宇宇国の王の間には
倫国王に澪王妃、明王子が呼び出されていた。
「二人を呼んだのは、頼みがあるのだ」
倫国王を前に、明王子が澪王妃より早く答えた。
「どのようなことでしょう」
明王子は、なぜこんなに早く宇宇国に呼び戻されたのか考えていた。
二人の挙式の日だけ呼び戻されたのかと思っていたら、
このまま王宮に留まるように言われていたからだ。
倫国王は、消えた大陸の話を二人にした。
「消えた大陸を探しに行かれたいのですね」
話を聞き終えた、澪王妃が静かに言った。
「そうだ。私がこの国を留守にする間、二人にこの国を護ってほしい」
澪王妃は、倫国王の目を見ながら頷いた。
明王子は、戸惑っていた。
自分にその資格があるのか――と。
その心を見透かすように、
倫国王は腰に差した剣を鞘ごと抜いて前に差し出した。
「私に何かあった時は、明、おまえが王としてこの国を護っていくのだ。その証としてこの“鹿角王剣”は、おまえに預けておこう」
明王子は王剣を手にすることができず言葉にした。
「……私が同じ過ちを犯すとは思わないのですか」
「ふっ、王座に座りたければ、座るがいい。今のお前なら大丈夫だろう」
明王子は、ハッと顔を上げた。
倫国王の姿は、以前よりも大きく深く強く見えた。
明王子は、差し出された王剣を両手で受け取った。
そして、礼をしながら答えた。
「承知いたしました。決して同じ過ちは繰り返しません。留守の間しっかりとお護りいたします」
迷いが吹っ切れた眼差しで、倫国王を見ていた。
澪王妃は、その二人の姿を胸が熱くなる思いで見ていた。
倫国王は、窓の外に降り積もる雪を見ながら
胸の奥が少しだけ軋んでいた。
同じ日の午後、
環はリビングのソファに座る母親に尋ねた。
「消えた大陸のこと、何か知ってる?」
「亮伯父さんから聞いたのね」
環は、母親の横に座って答えた。
「うん」
「そう、亮伯父さんが知っていること以上のことは私は分からないの。かつて私たちの一族もその大陸にいた、ということしか」
環は前を向いたまま言葉にした。
「僕、その大陸へ行ってみたいんだ」
「……いつかそんな日が来ると思っていたわ」
母親は環の方へ、にっこり笑いかけて続けた。
「そう思っていたから、あなたにはいろんなことを教えてきたつもり」
「うん、前に東湖に行ったとき、そうかなって思った」
環が下を向いて記憶を思い出すように答えた。
「行ってらっしゃい。油断だけはしないで」
真剣な顔で環の顔を見ながら伝えた。
「分かった。ちゃんと帰ってくるから」
環は母親の方を見て答えた。
立ち上がる時、
もう後戻りはできない……後戻りはしたくない
そう心に強く思った。
同じ日の夕刻、
ダイニングいた父親に悠は尋ねた。
「消えた大陸のこと、聞いたことある?」
一瞬、父親の動きが止まり、
飲みかけのカップをテーブルに置いた。
「そこまでたどり着いたか」
立っていた悠の方を向いて続けた。
「消えた大陸があるということだけは聞いたことがある。そこから先は、名前のない森に行って源当主から聞くのが一番だろう」
「父さん……僕、消えた大陸のことを知りたいんだ。いや……行かなくちゃいけない気が凄くするんだ」
今まで見たこともない大人びた表情で悠が話す姿を見て、
父親は動揺もしつつ、
外の世界へと広がっていく息子を止めることはできないと思った。
「分かった。行っておいで」
「うん、ありがとう」
悠は、以前のようにワクワクするような気分は少しもなかった。
どんなことであっても、
自分自身で受け止めるしかないんだと、
たとえ見えない行先であっても
行かなくてはならない、今がその時だと、
心に風が吹いていた。




