見落とし
冬休みの一日目にさしかかり、
ヒンヤリとした空気に履く息も白くなってきた。
倫国王と澪は志々度総隊長と数名を護衛に、
前国王と前王妃に会いに隠居邸に行こうと、
扉の前に停まった専用車に歩いていった。
澪が先に乗った後、
倫国王が乗り込もうとした時、
頬に冷たい何かが触れた。
見上げると、雪がちらつきはじめていた。
「今年も雪が降る季節になりましたね」
隣に座った倫国王に澪が話しかけた。
「そうだな」
答えながら、倫国王は毎年見ている雪なのに
何故か今年は、いつもより寒々しく感じていた。
宇宇国から少し北の方に隠居邸はあった。
前国王と前王妃のいる部屋に着くと
前王妃は感情を抑えきれず、
澪のところまで駆けていき抱きしめた。
「生きていたのですね――」
「お母さま……」
前国王と倫国王は静かに二人を見守っていた。
「事情は聞きました。生きていて本当によかった」
「はい。前国王のご配慮です」
コツ、コツ……と杖をつきながら前国王が数歩近づいた。
「いや、明や大臣たちに二人のことを政治利用されたくなかったとはいえ、よく受け入れてくれた。礼を言うぞ」
「承知しております。母と会う機会もいただきありがとうございます」
「今日はそれだけではなかろう」
前国王の頬が少しゆるみ、倫国王の方を見た。
「源当主からすでに聞いておる。その手筈で問題なかろう。井々田総大臣が早速、根回しをしておったわ」
倫国王は前国王の方を向いて
「ありがとうございます」
と一礼をした。
そして、澪の方へと歩いて行き、
そっと澪の肩に手を置くと、
前国王と前王妃の方を見た。
「私たちの結婚をお許しいただけますか?」
「もちろんだ」
前国王も前王妃も安堵の表情だった。
――数か月ですっかり王の眼になっておるわ。
前国王は腰に差した剣を鞘ごと手に持った。
そして、倫国王の前に差しだした。
「これは、宇宇国に代々伝わる王族の“鹿角王剣”だ。これからはお前が持つがいい」
倫国王は両手で受け取ると一礼した。
「ありがとうございます」
そういうと、鞘から剣を抜いてみた。
「鹿の角――」
剣の持ち手の近くに、鹿の角の美しい彫があった。
鞘にも同じ紋様があった。
「神の使いとも言われる鹿は、王族の紋様として長年大事にされてきておる」
「そういえば、守紋も鹿ですね」
「そうだ。王族と所縁が深い」
倫国王は剣を鞘に収めると腰に差した。
四人は椅子に腰かけるとしばらく様々な話をした。
そして、倫国王と澪は隠居邸を後にした。
前国王は、二人を見送りながら、
源当主から聞いたこの数か月間の明王子の話を思い出していた。
(今回のことといい……明め、頭が回る息子だ)
前国王は、ふっと小さく笑った。
専用車が隠居邸を出たところで、
雪がちらつく中、一人の子供とすれ違った。
瞬間、背筋がゾクリとした。
「止めてくれ!」
倫国王は大きな声でそういうと、
専用車から降りて、子供が行った方向を見た。
――あれは陽向か!?
倫国王は、思い過ごしだと、ただ似ている少女だと
思おうとしたが、本能が拒絶していた。
――やはり、何か見落としているんだ。
倫国王は、志々度総隊長だけを供に、
澪たちを先に帰らせた。




