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求古綺譚:Lucky Lore  作者: いろは
はじまりの守紋: The beginning【第四章 第一部】
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失った時間は取り戻せないけど今できることをするんだ

 (みん)王子はかつてないほど、後悔していた。


 ――なんと無駄な時間を過ごしたのだ。


 王位争いなんてどうでもよかった。

 この国が、この世界が、

 よりよくなることに時間を使えばよかった。


 名前のない森に来て、

 真っすぐに自分自身の資質や能力に

 向き合ってくれる人たちの存在に触れることで、

 明王子の感情は大きく揺さぶられていた。

 己の欲と子供でしかなかった感情に

 振り回されていた自分を恥じていた。

 宇宇国(ううこく)とは違った視点での修業は

 厳しかったが、有意義でもあった。


 できなかったことが、

 できるようになっていく達成感もあった。

 自分の視野が世界が広がっているのが分かった。

 そして、もっと成長したいという思いに溢れていた。


 夏が終わり、秋に移り変わる頃、

 武道の稽古中に、腕にケガをしてしまった。

「そろそろ疲れも溜まってきた頃だったんだろう。東湖(とうこ)へ行って傷を治してくるとよい」

 源当主(みなもととうしゅ)が、傷の手当てを終えて部屋に戻ってきた明王子に言った。

「東湖……ですか?」

「東湖は行ったことがないのか」

「いえ、小さいころに、兄たちと一度行った記憶があります」

「そうか。東湖には王族専用の温泉があるのだ。そこは傷の治りも早いといわれておる。東湖の亮当主(りょうとうしゅ)には私から話しておこう。二、三日行ってくるがよかろう」

「分かりました」


 翌日、明王子は東湖へと行った。

 亮当主が、迎えてくれた。

 凛とした物腰に、並々ではない気配を感じ取った。

(……以前ならば、気づかずにいただろうな)

 明王子は、亮当主へ礼を言うと

 早速、王族専用の温泉である“湯殿(ゆどの)”に行った。

 うっすらと残る子供の頃の記憶のまま今もあり、

 嬉しさと懐かしさを感じながら、

 ゆったりと過ごした。

 そして、湯殿を出て、

 亮当主のいる建物へ向かって歩いていった。

 建物から一人の女性が出てくる姿が見えた。


 ――まさか……幽霊を見ているのか?!


 建物の外の人の気配に、亮当主は扉を開け、

 二人を建物の中に入るように促した。


「明王子は事情を知らないのですね。私から説明いたしましょう」


 亮当主は、前国王と(りん)国王、そして(みお)の四人しか知らない事情を説明した。

「澪殿が生きていることを知っているのは、明王子を入れて五人だけです」

「兄は……」

「倫国王は半年前、偶然ここ東湖に来て澪殿と再会しました。しかし、澪殿がここに留まることを選んだのです」


 明王子は、澪が亡くなったとされてからの

 兄の沈んだ5年間を思い出して、胸が痛んだ。

 きっと、兄は今でも……。

 そして国王となった今、支える王妃は必要だと考えた。


「澪殿は本当にそれでよいのですか?」


 明王子の気遣う言葉に澪は驚いた。

 以前の澪が知っている明王子とは違っていたからだ。

「国の統合により義兄妹となった私は、王妃となることは叶いません。だからこそ、私自身が、政権争いなどの(うれ)いの元になることは避けなくてはなりません」

 はっきりとした声で澪は答えた。

 しかし、(かす)かな表情の変化を明王子は見逃さなかった。


 兄を思うからこそ、身を引いたのか――


 明王子は、王族という立場に振り回されながらも、

 お互いを思いやっている二人の気持ちが

 今はようやく少しは理解できると思った。


(何か、手立てはないものか……)


 明王子の顔が急にパッと明るくなった。

 ――失った時間は取り戻せないけど今できることをするんだ。

 そうして、源当主の養女へと

 澪を三日間、説得し続け、

 ようやく心から受け入れてもらうことができたのだった。

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