失った時間は取り戻せないけど今できることをするんだ
明王子はかつてないほど、後悔していた。
――なんと無駄な時間を過ごしたのだ。
王位争いなんてどうでもよかった。
この国が、この世界が、
よりよくなることに時間を使えばよかった。
名前のない森に来て、
真っすぐに自分自身の資質や能力に
向き合ってくれる人たちの存在に触れることで、
明王子の感情は大きく揺さぶられていた。
己の欲と子供でしかなかった感情に
振り回されていた自分を恥じていた。
宇宇国とは違った視点での修業は
厳しかったが、有意義でもあった。
できなかったことが、
できるようになっていく達成感もあった。
自分の視野が世界が広がっているのが分かった。
そして、もっと成長したいという思いに溢れていた。
夏が終わり、秋に移り変わる頃、
武道の稽古中に、腕にケガをしてしまった。
「そろそろ疲れも溜まってきた頃だったんだろう。東湖へ行って傷を治してくるとよい」
源当主が、傷の手当てを終えて部屋に戻ってきた明王子に言った。
「東湖……ですか?」
「東湖は行ったことがないのか」
「いえ、小さいころに、兄たちと一度行った記憶があります」
「そうか。東湖には王族専用の温泉があるのだ。そこは傷の治りも早いといわれておる。東湖の亮当主には私から話しておこう。二、三日行ってくるがよかろう」
「分かりました」
翌日、明王子は東湖へと行った。
亮当主が、迎えてくれた。
凛とした物腰に、並々ではない気配を感じ取った。
(……以前ならば、気づかずにいただろうな)
明王子は、亮当主へ礼を言うと
早速、王族専用の温泉である“湯殿”に行った。
うっすらと残る子供の頃の記憶のまま今もあり、
嬉しさと懐かしさを感じながら、
ゆったりと過ごした。
そして、湯殿を出て、
亮当主のいる建物へ向かって歩いていった。
建物から一人の女性が出てくる姿が見えた。
――まさか……幽霊を見ているのか?!
建物の外の人の気配に、亮当主は扉を開け、
二人を建物の中に入るように促した。
「明王子は事情を知らないのですね。私から説明いたしましょう」
亮当主は、前国王と倫国王、そして澪の四人しか知らない事情を説明した。
「澪殿が生きていることを知っているのは、明王子を入れて五人だけです」
「兄は……」
「倫国王は半年前、偶然ここ東湖に来て澪殿と再会しました。しかし、澪殿がここに留まることを選んだのです」
明王子は、澪が亡くなったとされてからの
兄の沈んだ5年間を思い出して、胸が痛んだ。
きっと、兄は今でも……。
そして国王となった今、支える王妃は必要だと考えた。
「澪殿は本当にそれでよいのですか?」
明王子の気遣う言葉に澪は驚いた。
以前の澪が知っている明王子とは違っていたからだ。
「国の統合により義兄妹となった私は、王妃となることは叶いません。だからこそ、私自身が、政権争いなどの憂いの元になることは避けなくてはなりません」
はっきりとした声で澪は答えた。
しかし、微かな表情の変化を明王子は見逃さなかった。
兄を思うからこそ、身を引いたのか――
明王子は、王族という立場に振り回されながらも、
お互いを思いやっている二人の気持ちが
今はようやく少しは理解できると思った。
(何か、手立てはないものか……)
明王子の顔が急にパッと明るくなった。
――失った時間は取り戻せないけど今できることをするんだ。
そうして、源当主の養女へと
澪を三日間、説得し続け、
ようやく心から受け入れてもらうことができたのだった。




