宿命を受け入れるかどうかは自分で決めるんだ
「もう一つの宿命?」
琴滋が、志々度総隊長へ尋ねた。
志々度総隊長は、思い出すように話をはじめた。
――同じ六古衆のシガが言っていた。と。
11年前、タンが志々度として、
臙国から宇宇国へ行くことが決まった日の夜だった。
ひんやりした空気と風が気持ちいい秋の夜だった。
タンとシガは、砦の防御壁の上に座っていた。
「もう、明日には行くんだな」
シガが少し寂しそうな表情で月を見上げながら言った。
タンも同じ月を眺めながら、声を出せずにいた。
「小さい頃から六人みんな一緒だったけど、明日からはバラバラか……」
月を見上げたまま、シガが言った。
「15歳になったら、六古衆としての任務がはじまる決まりだからな」
「ひとつ頼んでもいいか?」
「なんだ?」
シガが横に座っているタンの顔を見て続けた。
「“はじまりの守紋”のことを見たり、聞いたりしたら教えてほしいんだ。ずっと調べているが、どこにあるのか分からないままなんだ。宇宇国か奈国にあるという噂があるんだ」
「はじまりの守紋ってなんだ?」
「守紋符の中で一番古いものだと言われている。守紋符の中でも“はじまりの守紋”の紋様が、シンプルなのにとても美しく描かれていると。六古衆の芸術組の中で、伝承されているんだ」
「どんな守紋なんだ?」
「それが、紋様が分からないんだ。シンプルだからパワフルで使いこなすのも難しいとは聞いている。それと……」
「それと?」
「『はじまりの守紋を持つものは消えた大陸を再生する』とも聞いている」
「消えた大陸?なんだそれは」
「四瑞の伝承ほど古くはない言い伝えなんだけど、どうやら“消えた大陸”を見つける手がかりが“はじまりの守紋”にあるらしい」
シガの表情を見て、真剣に探しているんだということをタンは理解した。
「分かった。心に留めておこう」
二人は、同じ満月を見上げた。
ひんやりとした風を伝う砦の香りには、少し冬の気配があった。
「消えた大陸ってなんのことですか?」
環が志々度総隊長に尋ねた。
「それが、分からないんだ。シガから聞いた後も機会がある度に調べてはみたんだが、消えた大陸に関する情報がほとんど入ってこないんだ。それにしても、シガの言ったとおり、はじまりの守紋は奈国にあったのか……」
「『はじまりの守紋を持つものは消えた大陸を再生する』――」
琴滋が悠と環の手にしている守紋符を見ながら言った。
そして、憂いた。
――天はこの少年たちにどこまで宿命を負わせる気か。
それでも悠と環の表情は、琴滋のように憂いてはいなかった。
「僕たちはそうなのかどうか分からないです。でも、違っていても、そうだったとしても、いつでも大丈夫なように準備しておきたいです」
悠は真っすぐな目で、琴滋と志々度総隊長を見た。
(……一か月前よりも強い目をしている)
琴滋は、悠と環の目を見て、
この一か月の言動を振り返って、
――宿命を受け入れるかどうかは、もう自分たちで決めることができるようになっている。
そう信頼できるようになっていた。
「そうだな。よし。最後の武術練習も手を抜かずいくぞ」
志々度総隊長が二人の背中を押した。
悠と環は武術練習が終わった後、
いつものように夕食をすまし、
キッチンもバスもトイレも掃除した。
そして、部屋に戻り、掃除して整えた。
部屋を出て、カウンターのある所に行った。
カウンターには、志音当主と琴滋がいた。
「僕たち、明日から学校がはじまります。これからも放課後、ここに来て修練を続けてもいいですか?」
悠が環に目配せして、志音当主と琴滋に聞いた。
「いいだろう」
志音がいつもと変わらない表情で答えた。
「これを……」
琴滋が、悠と環に手のひらサイズの本のようなものを手渡した。
「この折本は、小さいがここと家と学校の範囲くらいは移動できる移動具だ。これからここに来るときの移動に使うといい」
「ありがとうございます!」
悠と環が嬉しそうな声で言った。
「一か月ありがとうございました」
悠と環は、志音と琴滋に一礼をした。
そして、頭を上げると扉を開けて出ていった。
名前のない店を出ると、蝉の鳴き声が変わっていた。
暑い風も秋の風に変わりかけていた。
夏休み最後の日だった。




