脳裏をかすめる予感に目を背けるな
ずっと引っかかっていることが環にはあった。
ソラクア、ユニア、コードノヴァと
アナログからデジタルへの変遷を辿ってきたこの世界。
そして、一年前から対峙してきたことを
頭の中で幾度どなく思い返していた。
――東湖で闇の扉を見つけた時、
ネオコードノヴァの一部と思ったけど、
もっと違う存在を感じるというか……。
環は、微かな違和感を覚えていた。
そして、名前のない店の図書館で、
多岐にわたる分野の本があることに気づいてからは
デジタル関連の古い本も読み漁っていた。
――そもそも、デジタルの始まりっていつなんだ?
そんなシンプルなことも調べなおしたりした。
修練四週間目になっても
微かな違和感の正体は掴めずにいた。
――気のせいだったかも。
そう思うとすると、
いつも思い出すのは東湖の亮当主の言葉だった。
「脳裏をかすめる予感に目を背けるな。きっとそこには何かがある」
環は、見透かされたようでドキリとした。
東湖で電子守紋の麒麟を倒した後、
家に返る時、
一瞬曇った顔をした環へ
静かに亮当主がそう声をかけたのだった。
――もう少し調べてみるか。
環は、図書館の膨大にある本から一冊を手に取った。
修練の最後の日、
琴滋と悠と環はいつものように修練の部屋にいた。
悠は、“流水”の守紋から
流れるように水を自由に操れるようになっていた。
環は、“唐草”の守紋から
蔓のような植物を自由に操れるようになっていた。
波に乗って空中を自由に飛んだり、
蔓に乗って木々の間をすり抜けて飛んだり、
楽しそうに生き生きと動いていた。
「はじめとはえらい違いだな」
琴滋が思い出したようにくすりと笑った。
「琴滋さん、笑うなんて……」
悠も環も、思い出したように
恥ずかしそうにしながら笑った。
「いや、尊敬しているんだ。短期間でよくここまでできるようになったなと」
悠と環はお互いの顔を見て
やった!という喜びの表情だった。
はじまりの守紋を手にした日は、
悠も環も、“流水”と“唐草”の紋様が擦れていて
よくイメージできなかった。
それで、まずは図書館の古い本で調べて
擦れた守紋符と守紋金蘭簿とを見比べながら
何度も何度も繰り返し修練した。
それでも、水がちょろっとしか出なかったり、
葉の根っこしか出なかったりと、
失敗を繰り返しながら、
数日でここまで扱えるようになっていた。
その時、ドアがガチャリと開いて
志々度総隊長が現れた。
悠と環は、それぞれ手のひらを上に向けると
水と蔓は、くるりと回転し、
ポンッと一瞬で守紋符に変わり、
悠と環の手のひらに収まった。
「今日が最後の日だな」
「志々度さん、よろしくお願いします」
悠と環が返事をした。
「それは?」
志々度総隊長が、悠と環が手にしている守紋符を見て尋ねた。
「これは、はじまりの守紋だ」
琴滋が答えた。
志々度総隊長が、真剣な表情で琴滋を見た。
「本当か?」
「あ、あぁ」
今までにない志々度総隊長の態度に少し驚きながら答えた。
「紋様がよく見えないが、確かにそうか?」
「あぁ、壌家で代々伝わっているものだ。かなり古いからな。擦れていて紋様がほとんど見えなくなっているんだ」
「これは……扱えるのか?」
「今まで誰も使えたことがなかったんだが、この一週間で悠と環が扱えるようになったところだ」
琴滋が、悠と環の方を向いて、頭を下げた。
二人も、頭を下げて、守紋符を手のひらの上に置いた。
それはくるりと回転し、
ポンッと一瞬で守紋符から水と蔓の姿が現れた。
悠と環は、それでぐるりと志々度総隊長の全体を覆って
ふわりと体を浮かべて元の位置に戻した。
悠と環は、それぞれ手のひらを上に向けると、
水と蔓は、くるりと回転し、
ポンッと一瞬で守紋符に変わり、
悠と環の手のひらに収まった。
琴滋と悠と環は、静かになった空間で耳にした。
「もう一つの宿命が動き出すのか」




