はじまりの守紋
修練の四週間目、
修練の部屋へと向かう二つ目の扉を開けると
琴滋が立ち止まった。
「ここから一つ選んでごらん」
琴滋は一言だけそう言うと
二人が部屋の中がよく見えるようにと
扉の前へと歩いて行って様子を見た。
悠と環は、部屋をぐるりと見回した。
壺に徳利に置物に皿に花瓶にランプに時計に茶道具に
所狭しと骨董品が置かれていた。
「ひとつか……」
悠がゆっくりと歩きながら見ていった。
環は部屋の真ん中で立ったまま、
もう決めているようだった。
悠が環の方を振り返って元気よく言った。
「いっせーので指差ししよう!」
「うん。いいよ」
環もおもしろそうだという顔で返事した。
「いっせーの……で!」
二人が同時に指差したのは、
部屋の角で大皿と置物の間に置かれていた
古い蒔絵の箱だった。
――麒麟児といわれるだけあるな。
琴滋は感心していた。
「決まったようだね。それを持ってきてごらん」
琴滋が二人に声をかけた。
悠の方が近くにいたので、それを手に取り、
悠と環は琴滋の傍へと歩いて行った。
「蒔絵の箱だね」
どんな紋様かは分からないほど金色の部分は擦れていた。
「開けてごらん」
琴滋がそういうと、
環は悠が持っている箱の蓋をゆっくり開けた。
「本……と守紋符?」
環が中を見ながら小さく声にした。
「これは、“はじまりの守紋”といわれるここで一番古い守紋符だ」
琴滋が神妙な面持ちで話した。
「はじまりの守紋――」
悠と環が同時に言葉にした。
「いつから誰がどうやってかは、今となっては分からない守紋符だ。今で誰も扱えたことがないんだ」
「擦れていて絵も何かよく分からないですね」
環が言った。
「手に取ってもいいですか?」
悠が尋ねた。
「あぁ、もちろんだ」
琴滋がそう答えると、悠が二枚の守紋符を手に取った。
その下には古書があり、本の表紙が見えた。
「“守紋金襴簿”?」
環が本の表紙に書かれている文字を読んだ。
「そうだ。これは“守紋金襴簿”という古書で、守紋の特性が書かれている」
「すごい。見たことない守紋もたくさんある」
環が本をめくりながら言った。
「金襴簿って……」
「そう、守紋符を入れる袋の金襴簿の名前は、この古書からつけたんだ」
琴滋が懐かしそうに眺めながら答えた。
「この守紋符を試してみてもいいですか?」
悠が待ちきれないという表情で聞いた。
「もちろんだ。その箱を選んだ時から、そうしてもらうつもりだった」
「環、行こう!」
悠が片隅にある三つ目の扉を開けて、
環と二人、修練の部屋へと駆けていった。
悠と環は蒔絵の箱の蓋をし、地面にそっと置いた。
悠が古い守紋符を右手と左手に持って
「環、どっちにする?」
と聞いた。
「じゃぁ、こっち」
環が右手に持っていた守紋符を取った。
「よし!」
悠が勢いよく守紋符を右の手のひらの上にのせた。
手のひらの守紋符は、ピクリとも動かなかった。
ふぅーと、静かに大きく深呼吸をした。
ほわんと守紋符がわずかに浮いて光った。
そして、またすぐに手のひらに戻った。
「うーん、難しいな」
悠がつぶやいた。
「絵が何か分からないからイメージしにくいよね」
守紋符を見ている悠に環が声をかけた。
「そう!これって何の絵なんだろ?」
悠が、じーっと守紋符を観察した。
「守紋金襴簿、見てみようか」
環は持っていた守紋符を悠に渡すと、
地面に置いた蒔絵の箱の蓋を開けて
古書を取り、ページをめくっていった。
1ページに一つの守紋が描かれていた。
「はじまりだから、やっぱり最初の方に載っているのかなぁ……」
環が考えながら、一番はじめのページを開き直した。
そして、開いたページに書かれている微かに読める文字を読んだ。
「流水……唐草……」
悠がページの真ん中に守紋符を置いて
右と左のページの絵と見比べた後、
守紋符を左右入れ替えて言った。
「これじゃない?」
環も擦れたページと守紋符をじっと見比べてみた。
「こことここの部分が似ているね!悠が流水で、僕が唐草だね」
それぞれに一致しそうな場所を指差して
当たりを見つけたときのように生き生きした声で言った。
「こんなに簡単に分かっていいのかな」
「分かるのと実際使えるかは別の話だよ」
「そっか」
「もう一回試してみよう」
古書を蒔絵の箱に戻して、
お互いの守紋符を手にして、立ち上がった。




