知己を得れば足る
宇宇国の倫国王の戴冠式の翌日、
志々度中隊長は王の間に呼び出されていた。
「なぜ、呼んだか分かるか」
「はい」
倫国王は、王座には座らず、
部屋の真ん中に立つ志々度中隊長の前に立って話していた。
「説明してもらおう」
倫国王が静かな声で言った。
「私は、五家の火宮家の六古衆の一人です。代々、六古衆のうち一人が、宇宇国の国王または王位継承者をお護りする役割を担っております。このことは、国王と五家の当主のみが知る秘事とされております。倫国王が即位したときに、告げられるはずでした」
志々度中隊長は、いかなる処分も受け入れる覚悟を持った顔で話を続けた。
「先の明王子の反乱の際は、私の勝手な一存で倫国王の元へ行きました。六古衆の秘技を使わねば間に合わないと思い、あのような形で知られてしまったことは私の至らなさです」
「本当の名はなんと言う」
志々度中隊長は、予想外の言葉が返ってきて
軽い驚きと共に、一瞬伏せた顔をまた上げた。
「タン……と申します」
倫国王が、ふぅとため息のように息をした。
「11年……11年だ」
志々度中隊長は、言葉を返せなかった。
「誰よりも一番長く志々度と時間を共にしたぞ。勉学も修練も職務も全てだ。それなのに気づけなかったとは、愚かな……」
倫国王は自分自身に失望していた。
「まて、先ほど国王または王位継承者と言ったな。入隊した時から私の直属の部下だった。同じ年だからだとばかり思っていたが、まさか11年前から私を王位継承者としていたということか?」
志々度中隊長は倫国王の顔を真っすぐに見て答えた。
「それは私には分かりかねますが、11年前、倫国王の部下にと命じたのは、前国王から直接でした」
「そうか――」
隠されていたことはショックだったが、
気づけなかった自分自身にも落胆もしていた。
また、それと同時に
国王という秘密を抱えなくてはいけない立場の重みも自覚した。
「六古衆とはなんだ?」
倫国王は、六古衆という言葉も初めてだった。
「隣国の臙国では古より六古衆と呼ばれる剣術、柔術、薬術、芸術、戦術、忍術に長けた六人衆がおります。五家の中でもその分野での第一人者といわれ、有事の際に動くよう訓練されております」
倫国王は深く深呼吸をして口を開いた。
「これからどうする?」
志々度中隊長は片膝をついて、頭を下げた。
「まだ信頼いただけるなら……」
志々度中隊長は、倫国王の信頼をすでに失っているのかもしれないと思うと、
言葉に詰まった。
倫国王は、志々度中隊長の責任感の強さと誠実さを
誰よりも理解していた。
「明日、五家の当主との会談がある。総隊長として同席するように」
志々度中隊長は、すぐさま顔を上げて倫国王を見た。
「志々度総隊長以上に信頼しているものはおらぬ」
以前と変わらない、いや以前よりも国王という力が増した目を見て
志々度総隊長は、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
「ありがとうございます」
その一言で十分過ぎる答えだった。
倫国王は、志々度総隊長の肩を持ち、
立ち上がるよう促した。
「ところで、志々度総隊長は、剣術、柔術、薬術、芸術、戦術、忍術のどれなのだ?」
「忍術です」
「あぁ、それでか」
「どういったことでしょうか?」
「五家の譲家当主から、今朝、連絡があった。奈国の名前のない店で、夏休みの間、悠と環が修練をするそうだ。志々度総隊長に武術指導をお願いしたいと相談があったのだ」
「私に……ですか?」
「あの二人は、守紋以外にも自分自身で身を守る術を身につけておいた方がよいだろう。来週から夏休みの間、毎日2時間ほど行ってくれ」
「承知いたしました」
「それから、総隊長任命の王令は今朝出した。沙々山総隊長から引き継ぎ、任務に当たるように。沙々山総隊長は、前国王について隠居邸で警護にあたる」
志々度総隊長は
「承知いたしました」と答えながら考えていた。
――はじめから信じてくれていたんだ。
そして、倫国王の懐の広さと強さに少しでも近づきたいと思った。
「行ってよいぞ」
倫国王は、振り返り王座へと歩いて行った。




