師匠
悠と環は、名前のない店にいた。
カウンターに座っていた。
「夏休みも、あと1か月かぁ。戴冠式からもう10日も経ったよ」
「そうだね。倫さん、元気かな」
「今日は僕たちだけかな?相変わらず、呼び出しは蝙蝠だったよね」
「慣れてきたけどね」
悠と環が楽し気に話しながら待っていた。
「待たせたね」
カウンターの奥から志音ともう一人出てきた。
「悠、環。紹介しよう。琴滋だ。錬金術は壌家で一番の腕前だ」
「はじめまして。悠です」
「はじめまして。環です」
スラリとした綺麗な顔立ちであり大人な女性の姿に
悠と環は背筋が伸びた。
「はじめまして。今日からビシビシと鍛えるからね」
「え?」
悠と環は、きょとんとした顔だった。
驚く二人に志音が丁寧に説明をした。
今日から二人は夏休みの間1か月集中で、
ここ名前のない店で守紋の修練をしてもらいたいこと。
師匠は琴滋であること。
親には許可を取っていること。
五家の当主たちは、近いうちに起こるであろう不測の事態に
備えておきたいと考えていること。
「二人はどうしたい?」
志音が改めて聞いた。
「もちろん、します!」
悠が即答した。
「僕もします。……だけど、僕はお役に立てることがあるのでしょうか?」
環が少し不安げに聞いた。
「役に立てるとか、立てないとか考えなくていいんだ。ただ、四瑞と接した人はほとんどいない。だから、君たちが守紋の知識を持ち、力を高めておくのは今後、無駄にはならないと思うんだよ」
琴滋がゆっくりとした口調で話した。
「そうですね」
環はかすかな迷いが吹っ切れた顔で答えた。
「では早速、部屋に行こう」
琴滋が、店の奥に二人を案内した。
扉を一つ開けると、
そこは木造の古い建物の中のようで細い廊下があった。
両壁には、所狭しと古い掛軸や扁額や額などが飾られてあった。
悠と環は、はじめて見るそれらをキョロキョロ見ながら歩いた。
琴滋はそれらに目もくれず、まっすく歩いて行った。
そして、二つ目の扉を開けた。
――うわっ。
悠と環は思わず声が出た。
そこは広い部屋だった。
ここでも所狭しと古いものがたくさん置かれていた。
壺に徳利に置物に皿に花瓶にランプに時計に茶道具に
見たことないものばかりが置かれていた。
琴滋はそれらに目もくれず、奥へ歩いて行った。
そして、片隅にある三つ目の扉を開けて言った。
「この部屋だ」
――うわぁ。
悠と環は、また思わず声が出た。
「すごい!まるで外にいるようだ」
悠が空や木々を見上げながら興奮気味に言った。
「これ、本物なんですか?」
環が足元の草に触れながら聞いた。
「本物もあれば、作り物もある。この部屋は錬金術で作った守紋の修練用の部屋だ」
琴滋は二人の前に立って話を続けた。
「二人が今、持っている守紋符を見せてくれないか?」
「はい」
悠と環がポケットの金襴簿から守紋符を出した。
悠は、“雪輪兎”と“竹虎”と“金烏玉兎”の3枚を
環は、“鱗桜蝶”と“牡丹蝶”の2枚を
それぞれ、自分の手のひらに広げた。
「四瑞の守紋は四方へと飛び立ったと聞いた」
「はい。倫さんの戴冠式の時、聖剣が現れた後、飛び立っていきました」
悠が、琴滋に言った。
「そうか。きっと聖剣に跡を残しているのだろう」
「そうです!剣の下の方に四瑞の刻印がありました」
環が、琴滋に言った。
「おそらくだが、その聖剣は守紋符のような役割もあるだろう。改めて、守紋について伝えておこう」
琴滋が、環の“鱗桜蝶”を手にした。




