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求古綺譚:Lucky Lore  作者: いろは
守紋と宿命:Heart or Crown【第三章 第一部】
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円相の中

 四階に上がると、

 部屋の真ん中が障子戸(しょうじど)で仕切られていた。

 そして、障子戸の真ん中には人が一人通れそうなくらい

 大きな円で障子がくり抜かれていた。

円相(えんそう)か――」

 第二王子“(りん)”がつぶやいた。

「向こうに花が見えますね」

 (ゆう)が言うと

「え?月が見えるけど」

 (たまき)が言った。

「なるほど……円相は心をうつす窓とも言われる。三人とも向こうに違ったものが見えているわけか」

「え、倫さんは何が見えてるんですか?」

「雪が見えている」

 第二王子“倫”が、円相を眺めながら

「行ってみるか……」

 というと、円相のある障子戸を左右に開いた。

 一歩足を踏み入れ、

 ふわ~と空気が変わるのが分かった。

 ふわふわと心地よく、危険はなさそうだった。

 二歩、三歩と歩き進んだ。

 第二王子“倫”の背中がかすんでいくのを見ながら、

 悠と環も後に続いて入っていった。

 三人が中に入っていくと、すっと障子戸が閉じた。

 中に入った三人は、立ち止まってそれぞれに異なる景色を見ていた。


 第二王子“倫”には、白い雪が目の前一面に降るのが見えた。

 悠と環の姿がぼんやりと見えた。

 名前のない店のカウンターに座っている二人の話声が聞こえてきた。

『くすくす……倫さんは本当に頼りないよね』

『僕たちがいなければ、何も上手くいってないんじゃない?』

『あの人に世界は救えないよ』

『僕たちだけがいればいいさ』

 第二王子“倫”は、心の片隅で隠すようにしていた気持ちを突かれた気がした。

『くすくすくす……』

 二人がニヤニヤと薄笑いを浮かべているのが見えた。

(やはりあの二人には私が未熟だと見抜かれているんだな……)

 第二王子“倫”は、再び喪失感に覆われそうになった。


 環には、うっすらと三日月が浮かぶ真っ暗な夜空が見えた。

 悠と第二王子“倫”との姿がぼんやりと見えた。

 目を凝らして見ると、黒い麒麟(きりん)と共に

 闇に落ちていこうとしている自分を見ている悠と第二王子“倫”の姿があった。

 半年前の東湖(とうこ)でのあの出来事だった。

 環はぶわっと一瞬であの時の黒い気持ちが蘇った。

『このまま黒い麒麟と落ちてしまえばいいさ』

『そうだな、面倒なやっかい事もなくなる』

『放っておいたらいいさ』

『環なんていなくても問題ない』

 環は膝がガクガク震えていた。

(二人は何を言っているんだ?あの時、そう思っていたのか?)

『くすくすくす……』

 二人がニヤニヤと薄笑いを浮かべているのが見えた。

(なんだ?一体なんなんだ?)

 環は一生懸命、考えようとした。

(あぁ……また落ちていきそうだ)


 悠には、赤い花が辺り一面に咲いているのが見えた。

 どこかで見覚えがある花だった。

(そうだ。あの古い図鑑に載っていた花だ)

 小さいころから、家には古い図鑑がたくさんあった。

 それも全部植物のものばかりだった。

(そうか。あれは守紋の植物の図鑑だったのかもしれない)

 その中に、載っていた花のような気がした。

(確か……んんん……なんだか頭がぼんやりする……)

(まて!まて!まて!しっかりしろ!)

 直感的に意識を保たなければ、危険な気がした。

(確か……赤い花じゃなくて……“紅いハナ”だ!)

 悠は手で口と鼻を覆った。

(まずい!花を咲かすと幻影を見せる花だ、種はあらゆる病気を治すけど、花はだめだ!伝説の項目にあったから、軽く考えていたけど、実在していたなんて)

 悠は、また一瞬、意識が薄くなってきそうだったが、

 おなかの下あたりにぐっと力を入れてしっかりと立った。

(惑わされるな、意識をしっかり持て!自分の意識で克服するしかないんだ!)

 対処・解毒方法の欄に書かれた言葉を思い出していた。

(あの二人は、紅いハナに気づいているのか?大丈夫なのか?)

 悠は、一年前のユニアの時のように

(自分を信じる――。みんなを信じる――)

 と決めたことを再び心に強く思っていた。

 悠は深呼吸した。


「環!心で決めろ!」

 環はハッとした。

 不意にあの日、悠に掴まれた時の右腕が熱く感じた。

(僕は何を見ているんだ?)

 環は目の前の二人は似てはいるが、

 どこか質量や質感が嘘っぽく感じた。

(本物の二人じゃない。今まで自分自身で見てきた倫さんと悠のことを信じる!)

 環は左手であの日、悠に掴まれた右腕の場所を掴んだ。


「僕も行きます」

 環が答えながら、ポケットの金襴簿(きんらんぼ)から守紋符(しゅもんふ)を出して倫に渡そうとしたことが(よみがえ)った。

 第二王子“倫”は、ハッとした。

(悠と環に、四瑞(しずい)の守紋符を受け取る資格があるか見極めてほしいと自ら伝えたのに、自分から二人の信頼を裏切るのか?!)

 環と悠が、自分の顔を見て頷いたあの眼差しを思い出し、

 胸の奥が熱くなってくるのを感じた。

(二人があんなことを言うとは思えない、いや、もし誰に何を言われてたとしても、己のすべきことをするのだ。二人が信じてくれるよう行動するのみだ。そして私は二人を信じていよう)

 心に決意した。


 悠は深呼吸し、目を開けると紅いハナが白いハナへと変わっていた。

 安堵した。

(二人も対処できたんだ)

 悠は辺りを見回すと、第二王子“倫”と環も近くに立っていた。

 そして、お互いに気が付いたようだった。

 悠は、二人に“紅いハナ”のことを伝えた。

「もう、今は白いハナになっているので大丈夫です」

「なるほど、己の意志力でしか対処・解毒できないという訳か」

 第二王子“倫”は、白いハナを見下ろしながら言った。


 悠と環の心はこの時、もう決まっていた。

 お互いにポケットの金蘭簿から守紋符を出すと

 第二王子“倫”へ差し出した。

「僕、倫さんのこと、これからも信じています」

 悠が言った。

「僕も信頼しています」

 環も続いて言った。

「ありがとう」

 第二王子“倫”はそういうと、

 右手で雲龍(うんりゅう)瑞雲麒麟(ずいうんきりん)の守紋符を受け取った。

 そすると、第二王子“倫”が左腕に抱えていた

 玉手箱の白色の丸印が一つふわっと光り

 うっすらと文字が現れて消え

 金色の丸印に変わった。

「信……でしたね」

 環が言った。

「残りは、仁、義」

 悠が言った。

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