再会
「倫さん!大丈夫ですか」
うずくまった第二王子“倫”に悠が早口で声をかけた。
「……私は大丈夫だ。私の鹿は?」
痛む右腕を庇いながら、第二王子“倫”は横に倒れた鹿を見た。
鹿はぐったりとして目を開けなかった。
「息はしている。環、東湖へ行こう!」
環はその言葉に、環が意図していることが理解できた。
伯父の亮からもらった扇子を取り出した。
「倫さん、説明は後でします。先に鹿を助けましょう」
環はそういうと扇子をふわりと広げた。
墨絵で美しい水辺の景色が描かれていた。
「さぁ、この中に」
悠は鹿を抱えると扇子の中へ飛び込んでいった。
姿がするりと消えていった。
第二王子“倫”も後に続いた。
環も扇子の中に飛び込んで行くと、
扇子はスッと閉じて姿を消した。
扇子の中から出ると東湖の桟橋に出た。
湯場の場所は覚えている。
鹿を抱えた悠と環は駆けていった。
第二王子“倫”も後をついて行った。
木製の塀の向こうでは湯気がのぼっていた。
入口から走って入ると、建物に向かって悠が叫んだ。
「澪さん!助けてください」
悠の言葉に第二王子“倫”の鼓動が高鳴った。
深い絶望とともに忘れることができなかった名前だった。
だが本人であるはずがない。
ただ同じ名前だけだ。
冷静さを保とうとした。
建物から出てきた人物は悠の抱えている鹿を見て
「大変!早くこちらへ」
と建物の中に促した。
そして、悠と環の後ろにいる人影に気がついてそちらを見た。
「澪……」
第二王子“倫”は何が起きているのか分からなかった。
澪は何も言わず、建物に入っていく悠と環の後を追った。
そして、木製の台の上に鹿を横たわらせ、
ゆっくりと丁寧に診ると
「大丈夫。気を失っているようだけど、すぐに目覚めるわ」
「よかった」
悠と環が顔を合わせて安堵していた。
その様子を建物の入口に立ったまま、第二王子“倫”は見ていた。
声も仕草も姿かたちも澪そのものだった。
――今、目の前にいる人は本当に澪なのか?
「君が倫王子だね」
後ろからの声に、第二王子“倫”は振り返った。
「亮伯父さん」
環が声をかけた。
「鹿は私が診ていよう。話をしてくるといい」
亮は、澪に優しく話しかけると鹿の傍にいった。
澪は軽く会釈をすると、建物の入口の方へ歩いて行った。
「こちらへ」
第二王子“倫”は澪の後を歩いて行った。
桟橋の近くでは千鳥たちが水辺を遊ぶように飛び回っていた。
扇子の水墨画のように美しい景色だった。
「生きて……いたのか」
「はい……」
「よかった……」
そういうと、引き寄せられるように
第二王子“倫”は、あの日と同じように澪を抱きしめた。
あの日と同じように心から全身が満たされていく感覚だった。
5年間の時が戻り、動き出したように思えた。
澪も同じように安堵した表情でぬくもりを感じていた。
「一緒に戻ろう」
優しい手つきで第二王子“倫”から体を離した。
「いえ、できません。私はここにいます」
澪は目を伏せた。
「なぜだ?」
「あの事故の前日、国王と話をしました。これは国王のあなたを思う、そして宇宇国の将来を思うからこその計画です」
「私が王位継承の可能性があったからか……?」
「はい。もちろん第一王子の健康をお望みなのは痛いほど伝わっておりました。しかし、国王だからこそ、あらゆる可能性に対処しておかなくてはならない苦しいお気持ちも伝わってきました。だからこそ、私という憂いは取り除いておくべきなのです」
「私は、国王の座など望んでいない。そなたといられるならば、ここでもどこででも共に過ごせるだけでよい」
「第三王子に宇宇国をお任せになれますか?」
澪からの問いかけに第二王子“倫”は言葉が詰まった。
さきほど、襲撃してきた第三王子“明”のことが頭をよぎった。
――きっと、専用機のシステムから私の場所を探ったのだろう。ただ、私を亡き者にしようとし、王座がほしいだけだ。深くは考えてはいまい。
「国の統合により義兄妹となった私は、あなたの王妃となることは叶いません。国王のお力があれば、あの日、私を本当に亡き者にすることは簡単でした。しかし、この東湖で生かしてくれたことは、国王の最大限の慈悲です」
第二王子“倫”は目を固く閉じ、苦しい表情だった。
「そなたを二度失うことはできない」
目を開け、まっすぐに澪を見た。
「国王の我が子を思うお心が分からないのですか?私がここで生きてるということは、いつかこうして会うことも叶うからこそ。それ以上は望みません」
透き通った澪の瞳に、第二王子“倫”は足元がしっかりとしていくのを感じた。
「そなたは……強くなったのだな」
「亮当主から、聖王と麒麟児のことを聞いております」
澪の言葉に、第二王子“倫”は目を見開いた。
「影ながらここ東湖でお支えしたいと思っております」
――亮という人物は、話に聞いたここの林家の当主か。
一目見て、落ち着いた物腰と端正な顔立ちに澪を任せても大丈夫だと思えた。
「私は弱い人間だ。完璧でもない。だが、聖王への道を歩んでみよう」
第二王子“倫”の輝きが強くなった瞳を見て、澪はただ頷いた。




