奈国
第二王子“倫”は、耐え難い喪失感の中にいた。
何もかもが灰色に見え、何も感じず、何の味もせず、
心が空っぽになっていた。
王女“澪”が最後に見たであろう景色を見たいと思った。
どこでどんな風に事故にあったか、誰も語ってはくれなかった。
一人で奈国までの道を辿っていった。
しかし、何も分からなかった。
奈国の入口まで来た時、胸のポケットが熱くなるのを感じた。
胸のポケットに毎日欠かさず入れていたものを出した。
それは少し光っていた。
「守紋符が……光っている?」
第二王子“倫”は驚いた。
楓鹿の守紋符を継承してから8年が経っていた。
――奈国に入っていけということか?
第二王子“倫”は、奈国への道を進んだ。
それが正解だというように、
守紋符の光は鼓動のようにうっすらと光り続けていた。
十字路に差し掛かった時、守紋符の光が消えた。
右を向くと再び光った。
左を向くと光が消えた。
右の方へ歩いていった。
再び守紋符は鼓動のように光り続けた。
しばらく歩くと、また守紋符の光が消えた。
第二王子“倫”は立ち止ってみたが、曲がり角はなかった。
立ち止った右側を見ると扉があった。
扉の方を向くと、再び守紋符は鼓動のように光り続けた。
扉には
『この紋様が見える方、同じボタンを押してください』
と書いてあった。
扉の真ん中に、守紋符に描かれている楓と同じマークがあった。
取っ手の横には、波のようなマークと楓のマークのボタンがあった。
(これか……)
楓のマークのボタンを人差し指で押すと、
ポンッと小さな音が聞こえて、扉が奥へと開いていった。
「扉を閉めて」
落ち着いた静かな声が聞こえてきた。
第二王子“倫”は扉を閉めて、中を見た。
中は少し薄暗かったが、中の様子はよく見えた。
「守紋に導かれたのだね」
落ち着いた静かな声の方を見た。
少し年配に見える女の人が、カウンターの向こう側から話しかけてきた。
第二王子“倫”は危険はないと感じ、カウンターの椅子に座った。
「今の社会は全てデジタル化されていることは知っているね」
「はい。コードノヴァの世界……ですね」
「あぁ、そうさ。このコードノヴァのデジタル社会とは、全く分離された状態で、アナログだけの世界が存在していることは?」
「アナログ……?」
第二王子“倫”は初めて聞く言葉に、少し戸惑った。
「本物や歴史を知らない君たちは、説明を聞くよりも行ってみた方がいい。行ってみるかい?」
第二王子“倫”は全てがどうでもよくなっていたので、
行けと言われれば行けばいいさと思った。
「はい――」
女の人はニコリと微笑んで続けた。
「君は王族のワタリビトだから、その守紋が導いてくれる。手のひらに守紋符を乗せてごらん」
倫が手のひらを上に向け乗せると、
守紋符はくるりと回転するとポンッと楓と鹿が出てきた。
そして、辺り一面、赤や橙色に紅葉した楓の木々が広がっていった。
――なんて美しいんだ。
楓のグラデーションが広がっていく色彩美に魅入ってしまうほどだった。
落ち葉をざくざくと踏みしめる音の方を見ると
鹿が首を下げていた。
まるで背中に乗れと言っているようだった。
第二王子“倫”は鹿の背中に乗った。
すると、楓がぐるぐると渦を巻きながら包み込んできた。
目に当たりそうで、ぎゅっと目を閉じた。
そして、目を開けた。
――懐かしい。
大きな大きな青い透き通る空が広がっていた。
それは、今まで見ていた空とは似ているようで違っているものだった。
白い雲が流れていた。
頬に当たる風が気持ちよかった。
鳥の声が聞こえた。
全てが似ているようで違っていた。
柔らかかった。
心から何かがこみ上げてきた。
初めて見る風景なのに、懐かしかった。
“ソラクア”に初めて来た日だった。




