名前のない店
「扉を閉めて」
落ち着いた静かな声が聞こえてきた。一歩お店の中に足を踏み入れていた僕は、あわてて扉を閉めた。猫は扉を閉める前にするりと中に入っていった。中は少し薄暗かったが、中の様子はよく見えた。
「コードノヴァのことだね」
ドキッとした。そして、落ち着いた静かな声の方を見た。
「毎年、この時期になると君くらいの年の子が来るのさ」
母さんより少し年配に見える女の人が、カウンターの向こう側から話しかけてきた。
店の中は、いろんなものがごちゃごちゃと置かれていた。ほとんどが見たことないものばかりだった。促されるままカウンターの椅子に座った。
「話を聞くかい?」
「はい」
その人が誰で、どうして、といったことはひとまず置いておいて話を聞いてみたいと思った。その人も僕が誰で、どうして、といったことよりも話が先、といった顔をしていた。
「今の社会は全てデジタル化されている。それをコントロールしているのがコードノヴァさ。何百年も前は人が機械やデジタル技術を作りコントロールしていた。約800年前にAIが定義されてから、AIよりもASIよりももっと進んだデジタル技術に発展した。そうして人よりもデジタルだけでコントロールした方が最適と考えたデジタル技術が暴走し、242年前に完全デジタルの今の社会に分離したのさ。それがコードノヴァ」
「え? 人が機械をコントロールしていたの?」
どちらかというと機械にコントロールされている今が普通だと思っていた僕は驚いた。
「そう。今、人以外は、全て機械に人工的に作られている。だけど、大昔は違っていたんだ。機械がないアナログという社会があったんだよ」
「アナログ……」
初めて聞く言葉に、何もイメージできなかった。
「このコードノヴァのデジタル社会と全く分離された状態で、アナログだけの世界は存在する」
「アナログってなんですか?」
「君たちは本物や歴史を知らない。説明を聞くよりも行ってみた方がいい。だけど、簡単には行けないよ」
「どうやったら行けるんですか?」
「行ってみるかい?」
「そこって危ないとこですか?」
「危ないかどうかは、君次第かな」
「……」
「行くかどうかは、君が決めるといい。ここはコードノヴァのバグみたいなところで、アナログの世界と通じる唯一の場所なのさ。今、コードノヴァ上では君は普通の雑貨店にいることになっている。」
あぁ、そうだった。僕たちはいつもどこで何をしているかを記録されていて、データ化されている。ここは、こちら側で記録を書き換えられるということか。なるほど。
「どうやったら行けるんですか?」
僕はもう一度聞いた。