麒麟児
環と悠は守紋をしまい湯場を出て、
島の真ん中にある建物に戻った。
茜色の空も少しずつ暮れはじめ、
星がうっすら見え始めていた。
外では、風にあたりながら亮が待っていた。
「これを……」
亮が環に細い棒のようなものを渡した。
「“扇子”だ。これを開いて中に入ると、どこからでもここ東湖と行き来できる」
扇子の根本で親指で上を少し動かし、開く動作をして見せた。
環は受け取ると、真似をしてゆっくりと開いてみた。
墨絵で美しい水辺の景色が描かれていた。
「何かあればいつでもここに来るといい」
「ありがとう」
環はそう言うと、扇子を金蘭簿にしまった。
金襴簿に金糸で輝く扇子の模様が増えた。
「そろそろ帰ろうか」
悠はそう言うと守紋符を出した。
それはくるりと回転し、
ポンッと一瞬で守紋符から雲龍に変わった。
「ありがとうございました」
悠が亮に言った。
「君の勇気と行動力は環のよいパートナーだ」
悠は亮の目を見ながら頷くと、雲龍の背中に乗った。
「会えてよかったです」
環が亮に言った。
「君の思慮深さと洞察力は悠のよいパートナーだ」
環も亮の目を見ながら頷いた。
環も雲龍の背中に乗ると、
雲龍はあっという間に空に昇って行った。
雲龍の姿が小さくなるのを見ながら、亮は思った。
――あの二人は“麒麟児”かもしれない。
聖王が世の中を治める時に現れる優れた少年を
“麒麟児”と言われる。
麒麟児が現れ、消えた麒麟が再びこの世に戻ってきたということは、
平和な世へと導く聖王が現れる前触れかもしれない。
亮は、微かな期待を持った。
太陽が沈みかけ、星の瞬きが強くなっていく空を見ながら
環と悠は環の家に帰った。
ベランダから環の家に入った二人が、
リビングに行くと環の母親が部屋から出てきた。




