闇の淵
悠と亮は、早いとも遅いとも感じないスピードで
落ちているのが分かった。
色彩がないこの空間には
太い植物の蔓のようなものが周囲にあるのが分かった。
その向こうにはいくつかの扉も見えた。
同時に、炭のように黒い泡のようなものが数多く浮いていて
それに当たりそうになったが、
本能でそれに触れてはいけないと感じた。
蔓にも泡にも当たらないように落ちながら
それらに取り込まれないよう下を注視して
環の姿を探した。
「いた!」
悠の視線の先には、環と麒麟がいた。
闇の淵に留まっていた。
亮も、環と麒麟の姿を目にした。
その時、
妹の栞が麒麟から聞いた言葉が頭の中に響いた。
『麒麟、龍、鳳凰、亀の四瑞が闇に落ちたら、世界は暗黒の時代になる』
亮は背中が冷えていくのを感じた。
環の足元に再び、黒い染みのようなものが
広がっていくのが見えたからだ。
「だめだ!これ以上落ちていくと暗黒の時代になってしまう!」
亮が環に届くように叫んだが、環は反応しなかった。
黒い染みのようなものは、みるみるうちに広がってき
更なる闇が開こうとしていた。
環は再び、麒麟と共に落ちようとしていた。
悠は速度を上げて、悠へと近づいて行った。
環と麒麟の下にスゥーと黒い空間が広がった。
「考えるな!心で決めろ!」
悠が叫び、ギリギリで環の腕を掴んだ。
環の体はすっぽり闇の穴の中だった。
かろうじて、悠が掴んだ環の右腕で闇の淵に留まっていた。
環の左腕は麒麟を掴んでいた。
環が上を見上げると、悠の頭の向こうに星が見えた。
煌めき、瞬く星たち。
それは早い速度で近づいてくるようだった。
「環!心で決めろ!」
悠が再び叫んだ。
環は、心の中に今見た星のような小さな微かな光を感じた。
(……あたたかい)
安心と懐かしさを感じた。
(――星が降ってくる)
そう思った瞬間、見えないくらい速度で
無数の白と薄紅色の蝶が環と麒麟の体を優しく包み込んだ。
環は胸の奥に光と鼓動を感じた。
その瞬間、環は手にしっかりと力を入れた。
後ろで悠を支えていた亮は、
麒麟のたてがみが薄く色づいて行くのを見た。
悠と亮が、環と麒麟を引き上げた。
無数の蝶たちもふわりとそれを支えた。




