階段の曲がり角のその先に
7月17日 P.M18:00
「肝試し行くぞ!」
放課後の帰路、タケシは4人に言葉を投げた。
「でた、タケシの思いつき」
ケンジはイタズラな笑みを浮かべ微笑した。
タケシはチームリーダーのような存在だった。いつも最初に提案…というよりは、皆の行動を決定づける発言をしていた。
グループをまとめあげるしっかり者ではなく、なりふり構わないやんちゃさと、勢いのある性格の持ち主だ。
その勢いに押され、皆言う通りにしてしまうのだ。
そんな思いつきの発言も、4人は嫌がってなどいなかった。海辺で花火、川遊び、初日の出…どんな時も皆がどこかしら「こんなことしたいな」と心で思ってた事だったからだ。
「ビビりのあんたがどうやって肝試しするのよ」
大口を開け笑いながら、タケシの肩を叩いているのはポニーテールがチャームポイントのカオリだ。
「…肝試しか…」
ホラーの苦手なサトミから控えめな声が漏れた。
「嫌なら無理する必要ないよ?」
隣を並んで歩いているミサキは、サトミはホラーが大の苦手なのを知っていた。
サトミに顔を向け励ますように言葉を掛けたが、サトミは下を向いたまま静かに「うん…」と答えただけだった。ショートボブの影から見える眉は困っているような印象を受けた。
「なによサトミーほんと怖がりね!大丈夫よ!タケシが肝試しなんか行けっこないんだから」
カオリはタケシの背中をバシバシと叩き主張した。
「いってぇな!」
怪訝そうな顔つきで、カオリの腕から体ごと逃げるタケシ。
「実はな、<とっておきの場所>があるんだよ!」
4人に顔をなおり、4人だけが聞こえる声でそう言った。やや上がった口角はなにやら嬉しそうな表情を見せた。
タケシの背中と4人の顔はオレンジに染まっていた。
「んじゃ、俺らはこっちだから!楽しみだな肝試しシシシ」
「何勝手に決めてんのよ!じゃ、サトミ、ミサキまたねー!」
「帰ったら連絡するよ」
十字路で2つに別れたグループは、各々自宅に向かって歩き出した。タケシとカオリの声は住宅の塀に反射してどこまでも聞こえてくる。そんな2人とは対照的に大人びた性格のケンジは、反対側に別れた2人に暫く手を振った。
ミサキは手を振り返さなかった。自分への別れの挨拶と認識していなかったからだ。サトミは大きくてを振り返した。小さく華奢な体は、大きく手を振る姿さえも可愛らしく、小さく見えた。
ケンジが騒がしい2人に体をなおったことでその時間は終わりを告げた。カオリとタケシのじゃれあいに巻き込まれたようだと遠目から見てわかった。
「本当にあんたたち仲良いね」
「…うん」
今度の返事はぐんと小さく聞こえたが、眉は上がり口元は小さく緩んでいた。
ーーー
7月18日 P.M16:00
「よーし、放課後校門前に集合な!」
「集合って何するのよ」
「もう忘れたのか?き・も・だ・め・しだよ」
これからのイベントに「肝試し」が追加された翌日の放課後、5人はひとつの教室に集まっていた。タケシの思いつきで決定された肝試しは「何日」とも言っていなかったが「今日しない」とも言ってはいなかった。あまりに急な発言に、サトミは緊張した面持ちだ。
「僕今日塾なんだ、だからごめん」
サトミが安堵する。
ニコッと笑い片手でごめんのポーズを取るのはケンジだった。
「私も昨日部活あるのよ」
「お前ら毎日忙しいやつらだな」
「あんたが暇なだけでしょ」
タケシの言葉にすかさずカオリのツッコミが入る。
「じゃあ明日!明日にしよう!」
「明日はサトミ、家の手伝いの日だよな」
「そうなの」
サトミはハッと思い出したように答えた。
危ないところだった。このままでは即日肝試しの日程が決定し、憂鬱な気持ちであったであろうサトミの顔が再びほころんだ。サトミの予定を把握していたケンジは流石だと感謝した。
(サトミにとって)災難なことにミサキは予定がなく、フォローしようにも切り出す内容が見つからない自分の状況にどうしようかと悩んでいたところだったが、ケンジのフォローに「ナイス」と心の中で親指を立てた。
2度も危機を回避したからであろう、サトミはほっと胸をなでおろした。
安心もつかの間。明後日は予定があると名乗りをあげるものが誰もいなかった。
「肝試し」は「明後日」に決まった。
サトミの表情は安堵と緊張をコロコロと往復した。
「よし!明後日に決まりだな!お前らビビるなよ!」
「こめん私パス」
「「!」」
ビビるなよの言葉の直後、一瞬で白旗を上げたミサキに注目が集まる。
「おいおい!まだ始まってないぞ肝試しは…!さては怖気付いたか」
「暗いところ苦手なんだよね…」
意外だ。と言うような感情が4人の表情から聞こえた。1人だけ少し違った表情に見えたのはサトミだ。
寂しい、絶望…ハッキリ言えて凄いな。そんなことを思っているように感じた。相変わらずコロコロ変わるサトミの表情はずっと見ていられた。
「強制じゃないしね、ミサキが暗いとこ苦手なの知らなかった、ごめんね」
「ちぇ…皆で行きたかったとこだけど…仕方ねぇな!成果報告は聞かせてやるからな!」
「はいよ」
全く居心地が良い仲間達だとミサキは思った。タケシの言う成果報告にはあまり期待していなかったが、本当にデルかどうかは少し気になった。
ーーー
7月19日 A.M8:00
いつものように休み時間や放課後仲間たちと集まることはあったが肝試しの件が話題が出ることは無かった。
タケシは「<とっておきの場所>がある」と言っていた。余程皆を驚かせたいのだろう。あるいは、絶対に驚かせる自信があるのか、お楽しみは取っておく性格であるのは意外だった。
ーーー
7月20日 A.M10:00
(テレビニュースが流れる)
「今日の天気です。今日20日は前線を伴った低気圧の影響で西日本から北日本にかけて、広い範囲で雨が降るでしょう。警報級の大雨となるおそれがあります。」
「ご馳走様でした」
朝ごはんを食べ終えたミサキは、2階の自室へと戻って行った。
「…雨すごいなー。せっかくの休みなのに…雨ってなんか憂鬱」
カーテンの開いた窓から見える暗い大雨の景色は一日中続いた。
「これじゃ明日の肝試しも中止かな。ま、私には関係ないけど」
ベッドに仰向けに倒れ込み天井を見上げた。
少しぼーっとした後、今日1日何をしようかと考え始めた。
アニメを見ようか、ゲームをしようか、一瞬頭の中に浮かんだ事がハッと消えた。
電話が鳴ったのだ。
(サトミ?)
「もしもーし」
「あ!ミサキ、おはよう!今日雨すごいね」
「ホントすごいね、雨ってだけで憂鬱になるわー」
「ふふ、わかる」
「これじゃ明日の肝試しも中止なんじゃない?」
「うーん、それがね。私もそう思って聞いてみたのそしたら、建物だから大丈夫ってタケシ君が」
「建物…?肝試し出来るような場所って近くにあったっけ?てっきり、山の中の祠にいくのかと思ってた。ほら、だってあそこ、デルって噂じゃん?」
「そう!私もそう思ってた…それでね、お願いがあるんだけど……明日一緒に肝試し来てくれないかな?」
ミサキは後悔した。
肝試しの話題を自分から先に出してしまったことを。
サトミは控えめな子だ。
恥ずかしがり屋で自分のことは余り喋らず、何かを決める時は他人に意見を合わせるような子だ。
お願いごとは滅多にしてこない。
だからこそだった。
こうしてお願いをする時、別人のように一歩も引かないのだ。
「ねぇミサキ…明日本当に(肝試し)来ないの?」
「うん、私は行かないかなー」
「ねぇ、本当の本当に行かないの…?」
「うん、行かないかな。本当はサトミも行きたくないんでしょ?無理する必要はないんじゃない?」
「…でも」
ホラーが苦手で行きたくないはずのサトミが何故頑なに肝試しに行こうとしているのかミサキには心当たりがあった。
「ケンジ君なら大丈夫だと思うよ?」
「…え!ち、ちがうよ…でもだたって、ケンジはタケシと仲がいいから…」
ケンジとサトミは付き合っている。
言葉の通りケンジとタケシは仲が良い。
そしてサトミは1人娘だ。
ミサキはサトミの心が手に取る様に分かっていた。タケシと仲のいいケンジは必ず肝試しに行く。
付き合っている彼が行くのなら自分も(肝試しに)行きたい。
だが、恐怖心を拭ってくれる、付き添って歩いてくれる誰かがいて欲しい。そんなところだろう。
「カオリも行くんだし、タケシのことはカオリに任せておけば大丈夫だよ。ケンジ君に言ったら一緒に行動してくれると思うよ?」
「うん……」
「私の方から言ってあげようか?」
「…」
暫く沈黙して返答にならない返答をする。
「お願いミサキ、一緒に行こう?」
なんだかんだ付き合いたてのカップル。ケンジと一緒に行動したい気持ちは山々だが、恥ずかしさが勝るのだろう。
はたまた、ケンジに迷惑をかけまいと思っているのか、そのどちらかは分からなかった。
わがままな子。ミサキはそう思った。
彼氏と一緒に居たいが怖いのは苦手。
「怖いから一緒にいて」の言葉は人伝にも言えず、迷惑をかけず、自分の思い通りにしようとしている。
全く、この粘り強さや勢いは他のところで発揮してくれないだろかとミサキは心の中で嘆いた。
ミサキはそれでも断った。
小さい頃押し入れに閉じ込められたトラウマがあったからだ。
そんな単純な事かと思うだろうが、小さい子にトラウマを植え付けるには十分な状況だった。
サトミも中々引き下がらず、1時間その話題は続いた。
ーーーー
7月21日 P.M20:00
「お前ら!よく来たな!」
タケシは満足そうな笑みで4人に言った
「まったく何様よ」
「イッテ…!ちょっと言ってみたかっただけだよ…!」
そこにすかさず、カオリのツッコが入り、タケシ肩をバシッと叩いた。
集合場所は学校の校門前。約束の時間丁度に5人は集った。
「あれ?ミサキ来ないんじゃなかったっけ?」
ケンジがミサキの姿に気づき声をかける。
ケンジはサトミの彼氏だ。
「まぁちょっと、お化けに立ち向かう勇姿を見届けようと思ってね」
サトミにしつこくお願いされたとは言えなかった。
昨日の電話は結局昼まで続き、ミサキは条件付きで了承したのだ。「集合場所に行くだけなら」と。
「ちゃんと全員揃ったな!」
5人全員揃ったことをタケシは大いに喜んだ。
<とっておきの場所>を見つけたことを、みんなに自慢できると思ったからだ。
「はやくあんたのいう、<とっておきの場所>に連れていきなさいよ!もしかして、今から俺らの学校を探検します!とか言うんじゃないんでしょうね…」
「なわけないだろ!毎日行ってる学校なんか休みの日でも行きたくない!」
確かにタケシの言う通りだとみなが思った。
「こっからすぐの所!学校の帰り、寄り道したらそこで<とっておきの場所>見つけたんだ!」
ーーー
「廃校?」
5人が普段通う学校近くに入り組んだ路地があった。
その路地をずっと中に中には歩みを進めると、フェンスに囲まれた広い土地が見える。
それは、現在使われなくなり廃墟と化した、数十年前の学校だった。
「俺が見つけた<とっておきの場所>だ!」
5人は過去の校門であっただろう場所に立ちつくしたまま、廃墟と化した校舎を見上げた。
「確かに、見たことはあったけど気にしたことはなかったかも。タケシちょっと前に転校してきたばっかりだもんね」
カオリは言った。
「ちぇ、知ってたのかよ…でも、中までは入った事ないだろ?俺は入ったことあるぞ!」
「こんな場所に入ろうと思うなんてやっぱりバカね!」などとカオリも誰もツッコミを入れなかった。
タケシは続けて言った。
「そこで見つけたんだ!誰かが忘れて行った卒業アルバム、使われなくなった黒電話、なぁ!凄いだろ!靴箱までしか入れなかったけど、結構中は綺麗なままだったぜ!」
「昔の学校って黒電話あったんだ、昔の人も忘れ物したら親に電話して忘れ物持ってきてもらったりしたのかな?タケシみたいに」
「…るせ!」
「図書室とかもそのままだっりするのかな、音楽室の肖像画とか」
ケンジから図書室の名前が出るのはいかにもな感じがした。
「昔の学校に何が残ってるのかちょっとだけ気になるかも」
怖いものが苦手なサトミも会話にはいる。
昔の物には、皆が興味津々のようだ。
「それで俺は閃いたんだ!この中から1番凄いものを見つけてきたやつの勝ちな!」
「そんなことだろうと思った…肝試しと言う名の<学校探索>ね、、要するにあんたは冒険したかったんでしょ…」
「楽しそうだろ!」
カオリはどこまでも男の子全開のタケシに呆れたようにため息をついた。少し楽しそうにも見えたのは、
<学校探索>に興味が湧いてきたという感情が声に現れていたからだった。
「よし!じゃあ!入ろうぜ!」
暗がりの路地で声が響かないよう、小声で元気にタケシは言った。
廃校の校門をタケシが1番最初に乗り越える。
運動神経の良いカオリはすぐさま後を追った。
続いてケンジが乗り越え、サトミの手を支えた。
ミサキにもその手を伸ばしたが「大丈夫」と言いは1人で乗り越えた。
校内は先程まで居た路地より一層暗く感じた。
「うわっ、昨日大雨だったからグラウンドグチョグチョ…」
「最悪だ」と呟きながら、カオリはタケシの後をおった。
「でも、ここって立ち入り禁止なんじゃ…」
昔の物が見つかる<学校探索>への興味から、勢いに任せ無事校内に入ったものの、急に不安が押し寄せたサトミは消え入りそうな声で言った。
「立ち入り禁止の札なんてなかったんだから大丈夫よ!全く本当に怖がりなんだから」
少し先を歩いていたカオリが答えた。
消え入りそうな声は暗がりではよく聞こえた。
校門を乗り越えた先直ぐにグラウンドがあり、その先に校舎が見えた。
校舎の入口まで近づくと、夜の廃校はより一層の不気味さを増した。
「こっから入れるぞ」
「なんかちょっと不気味ね」
タケシとカオリが校舎内に入る。
「ガラスが割れてるから気をつけて」
その次に入ったケンジがあとの2人に注意喚起をした。
「じゃあ私はここで待ってるから」
ミサキは校舎に入る前に言葉を放った。
「そういえば暗いところ苦手って言ってたよね」
「戦利品は見せてやるからよ」
「退屈になったら入ってきなさいよー」
「じゃ」と手を上げケンジ、タケシ、カオリは校舎の暗がりへと姿を消した。
「何かあったらLINEして」
安心する言葉を送ってくれたのはサトミだ。
(元はと言えばあなたのお願いで来ただけなんだが)そう思いながらミサキは「ありがとう」と返事をし4人の勇姿見送った。
(外は明るいし近場だけちょっと探索してみよ。せっかく来たんだし、ね)
昨日の大雨あってか、今晩は快晴だった。
月明かりを遮るものがない校内は、グラウンドとその周辺を明るく照らした。
ーーー
グラウンドにある物物はは、興味をそそられるものばかりだった。
ミサキは1人で先に帰ろうかとも思ったが、目に付いた物に引かれ少しだけ時間を潰すことにした。
どうせみんなすぐに帰ってくるだろう…と。
植物を育ててたであろうビニールハウス、飼育小屋、学校の隅に小さくある畑、頂上まで誰がいちばん早く登れるか競争したジャングルジム。
見たことあるものばかりであったが、見た目やサイズは異なっていて、学校の特徴や歴史を感じることが出来た。
ミサキは中学2年生。
中学校に遊具が無いが、小学校にはグランドを囲むように遊具があった。
昔の思い出と重ねながらしばらく耽っていた。
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
突如不穏な音が鳴る。
聞き慣れたはずの音であったが、暗がりの校舎の方角からから響いたそれは、月明かりで隠していた不安や恐怖心をえぐり返した。
(そういえばみんな遅いな)
4人が校舎に入って30分ほど経っていた。
(サトミにLINE送っておこう)
「今どこ?そろそろ私帰るよ」そうサトミのトークルームに送信し、グラウンドから校舎側に向かっていった。
校舎の入口に戻ってきたミサキは、スマホの画面を見る。新しい通知は来ていなかった。
数秒が一生のように感じる。1分、2分…返事が来ない。スマホの時計の秒針を注視する。体がソワソワと動く。
3分…既読は付かない。
4分…ソワソワを抑えきれなくなった体は、月明かりの下を右往左往する。
5分…長すぎる。
いくら<学校探索>に熱中しているといえ、「何かあったらLINEして」そういったのはサトミだ。通知もoffにはしていないはず。
もう待てない。早く帰りたい。
そう強く思ったミサキだったが、何を言わずに帰ることは出来ない性格だっだ。
(すぐ近くだけみて、居なかったら帰ろう)
そう心の中で決心し、校舎の影に入る。
ーーー
「それにしても、案外綺麗に残るものなんだね」
ケンジは辺りをぐるっと見渡しながら言った。
「面白いもんが見つかる気がするだろ!」
タケシは無邪気に笑う。
「月のおかげで中も(校舎の)割と見えるわね」
校舎の窓から月明かりが度々差し込む。
薄い雲に月が隠れた一時一時は、今が夜更けであることを自覚させた。
「まずはこっちから行ってみるか」
入ってすぐの靴箱の先の廊下は左右に続いていたが、左側から進むことを決めた1人。それに従うように、あとの3人も続いた。
初めに入ったのは職員室だった。
机が3つ、椅子が2つぽつんとあるだけだった。
いつもは先生が凝縮された空間に威圧を感じる職員室であったが、人のいない空間はだっ広く感じた。
書類や張り紙と言ったものは、見当たらなかった。
廃校になる前務めていた先生たちは皆、それぞれの場所に転勤し、同時に個人情報や私物、学校の書類とは綺麗にまとめられたのだろう。
「うわ!ここ絶対校長室だろ!ソファデケェ!」
「へぇーここは残ってるんだ」
テンションの上がるタケシとは真逆に、冷静なケンジは状態を確認する。
「こっちに保健室あるよ!」
ベットが2つ、壁際に長椅子、その上にはランドルト環が残っていた。
段々と<学校探索>が楽しくなってきたタケシとカオリは2階の階段を早々に登っていった。
ケンジはいつものように口数が少ないが「へぇ」独り言をこぼす程には、関心を示していた。
サトミはここに来てまだ一言も喋っておらず、3人の後ろを恐る恐るついて行った。
2階の左側は教室や音楽室があった。先程まで4人で行動していたが、次第に各々が興味のそそられる場所へと散っていた。
2階への階段を上がってすぐ、サトミ動かなかった。
異変に気づいたケンジは声をかける。
「大丈夫?」
緊張が解けたのか、ようやくサトミが口を開く。
「ケ、ケンジ君、私…も、こ」
サトミの小さい背丈に合わせるように屈み寄る。
「も、もう…これ以上は…行けない…」
すすり泣くのを我慢しながら、声を絞り出して言った。
「無理させてたんだね、ごめん。気づいてあげれなかった。先に出てようか、送るよ」
サトミをそっと庇いながら立ち上がったケンジは、廊下の端にいるタケシに声をかけた。
「タケシー、俺ら下で待ってるわ」
「お、おう、わかったー」
いつもなら「いい所なのに勿体ない奴ら!」だなんだと言ってきそうなものだったが、<学校探索>に完全に気を持っていかれていたタケシは、呆気なく了承の言葉を返した。
「いこっか」
元来た道順に沿って、入口まで2人歩いていく。
靴箱まで来た時、先程まで隠れていた月が顔を出し、足元を明るく照らした。
サトミの表情も見て取れた。
入口は座るのに適した段差があった。
ガラスが散らばっていたので座るのは断念し、なるべく光の多く当たる場所を探して座り込んだ。
「アイツら2人だけだったら、皆居ねぇとつまんねぇとか言ってすぐ帰っくるだろ」
サトミを安心させるようにケンジは笑って見せた。
サトミの表情が少し和らいだように見えた。
・・・「キャー…!」
突然叫び声が聞こえた。
先程探索した方とは逆の右側からそれは聞こえた。
「カオリ…?」
「ちょっと見てくる」
(私も一緒に行く)
(お願いここで待ってようよ)
2つの感情が激しく交差し、ケンジを見つめることしか出来なかった。
「大丈夫すぐ戻るよ」
そう言って立ち上がったケンジは
再び影に消えて行った。
ーーー
「うわぁすごい。昔の音楽室はこんな感じだったのね。雰囲気あるわ」
カオリが感心している傍ら、タケシは隣で何やらガサゴソと雑に積み重ねられたダンボールを探っている。
「やっぱねぇか」
「何探してるのよ」
「リコーダー」
「バシッ」とキレのある1発がタケシの肩を叩いた。
「よくもまぁホコリだらけになってでも探せるわ…」
「特に何も無さそうだな…なぁ向こうの部屋も行ってみようぜ」
タケシの視線は、最初に通ってきた左側の階段より奥の部屋に向かっていた。
「そうね、いってみよっか。そういえばケンジ、図書室気になってたわよね」
「しゃーね、あいつの分も探索してやるか」
「なんで自慢げなのよ、待たせるのも悪いしすぐ帰るわよ」
「それもそうだな、場所だけ見てまた来るのもありか!」
「もう来ないわよこんなとこ…」
「もう来ないだって…?!じゃああと1時間くらい探索し…」
「す・ぐ・に・帰るのよ、ほら行くよ」
そう言って、2人は奥の部屋へと並行して向かって行った。
「…?」
「どうしたの?」
並行していた姿が突然隣から消え、振り返る。
カオリは歩みを止めた。
「なんか蹴った…?…暗くてよく見えないな」
その時窓からは光が差し込んでいた。
そのせいかより一層、光の届かない場所は深く深く黒が増していた。
「…気のせいか、早く行こーぜ」
「わかった」
すぐに体の向きを目的地に変え歩き始めようとした時、ふとカオリの頬を影が通る。
(ん?)
影の流れを追うように、振り返ったカオリは言葉に詰まった。
「タ、タケシ、う、う、うし、うしろ…!」
「なんだよ」と振り返る。
瞬間、タケシの視界に影が飛ぶ。
「、、…タケシ…!……ッッ……キャー!…」
月明かりが3人を明るく照らした。
ーーーー
「…ケンジ君…大丈夫かな…やっぱり行っほうがいいかな…」
サトミは膝を抱え小さくなりながら独り言を呟いた。自分の耳から聞こえる自分の声、思考、月明かり、だけが怖さを紛らわす唯一のものだった。
「ミサキ…ミサキ今どこにいるかな、来てもらおう」
ポケットからスマホを取り出す。
ロック画面の明るさに一瞬目が眩んだ。
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
(ひゃっ)
突如として響いた音に体が飛び上がり、手にしていたスマホが地面に音を立てて転がる。
(はぁ…チャイムか…)
聞き慣れた音だと分かり、喉に詰まった息を吐く。
(あれ、今物音がしたような)
チャイム音はサトミの後ろから大きく大きく鳴り響いていた。スピーカーがすぐ後ろ近くにあるようだ。
その音に紛れながらも、若干聞き取れる程の別の音がサトミの前側から聞こえた。
音の発信源に顔を向けると、そこは、ケンジが「ちょっと見てくる」と姿を消した場所だった。
(なんだろう)サトミは顔を発信源に向けたまま静かにゆっくり立ち上がる。
靴箱と靴箱の間の狭い空間をゆっくりと歩き、靴箱の影からそっと顔を覗かせた。
影に目をこらす。
ゆっくりと動くものがみえた。
ゆっくり動くものは次第に面積を大きくしていく。
月明かりが3人と逆さまの三日月を明るく照らした。
ーーー
「サトミったらこんなところにスマホ落としてる」
校舎に入ったミサキは、入ってすぐの床で1つのスマホを拾い上げる。
「今どこ?そろそろ私帰るよ」(ミサキ)の通知が、ロック画面に映っていた。
(みんなどっちにいったんだろう…)
サトミのスマホを手に取ったまま左右を交互に見る。
無意識に明るい方へと引き寄せた足が一歩前に出る。
(ピチャッ)
その足に濡れたものを踏んだ感覚と音が少しなった。
(やだ雨漏りしてる…)
本能的に危険を避けるように、雨漏りのしていない方へと方向を変え進んだ。左側へと。
ミサキは左に進み始めてからすぐの所にあった階段を登り、2階への捜索を始めた。「きっとあの4人のことだ、すぐに見つかるだろう」そう思い、人気のなさそうな場所は詳しく探すことをやめた。
外は雲が少し増えてきたのか、月は輝きを増しては消え、また増すを繰り返していた。
階段を登りきったところで左右を見渡す。
耳と目で、近くにひとけがない事を確認する。
暗闇に足をすくわれないよう、ゆっくりゆっくり窓側の壁沿いに廊下を進んで行った。
廊下の中腹あたりに来るが、人気はまだ感じられなかった。
(入れ違いになっちゃったかな)
そんなことを思いながらゆっくりゆっくり歩いた。
月は雲の厚さで光の行く末を遮られていた。
ふと、月が雲の影から顔を出し、窓から光が差し込んだ。かと思えば、再びその姿を眩ませた。
その一時の間に差し込んだ光に乗って、ミサキの視界は明るさを取り戻した。
ミサキの視界の5メートル程先、右側に凹んだ空間と手すりがほんのり見えた。
(階段…?これで下に行ける)
(このまま下に降りて元いた場所に戻ろう。もしかしたらみんな待ってるかもだし。あぁ、早くこんな暗いところ抜け出したい)
一瞬差し込んだ光は、行く先と思考を明るくさせた。
行く道が決まり、大体の距離も把握出来た、ポジティブな感情は足取りを軽くさせる。
・・・ピタッ
ミサキは静止した。
(何…か…いる?)
階段まで残り4m。
階段の奥を覗き込んだ。
足はその場にとどまったまま、上半身だけで。
何も見えない。
階段の奥の雰囲気に吸い込まれるようにして、ミサキの足がその先へと進む。
本能的に息を殺し、足音を殺していた。
体の上だけは前を覗き込み、下は一歩後ろをついてくる。その歩き方は変わらなかった。
階段まで残り2m。
ミサキの足を止めた存在感は、勘違いじゃなかったことを再確認させた。
(やっぱり何かいる)
更に前へ前へ足が進む。
一歩、一歩、そしてまた一歩。
近づく度に大きくなる存在感は、紫色のような黒色のような、深く濃いオーラを放っているように感じた。
ミサキの足は止まらない。
階段まで残り50cm。
角に手をかけそっと階段の下の方を覗き込む。
(…ゴク)
唾を飲み込む音は、体の中で大きく響いた。
先程まで放たれていたオーラはただ漏れ出ていただけのものに過ぎなかったのだと悟った。
階段の下の方、更に濃いオーラがそこには溜まっていた。
引き返せなかった。
引き返そうと思わなかった。
引き返したいと思わなかった。
そのオーラにミサキは吸い込まれていたからだ。
そして、このオーラに背を向ける方が危険だと…背中を見せるにはプレッシャーがあまりに大きすぎた。
息を殺した。
最小限の動作で、最小限の可動域で、最小限の行動をした。
階段をおりる瞬間、服のこすれる音も移動する時に生じる小さな空気の振動でさえも起こさせないように。
1段、2段、3段、
4段…
階段は途中で折り返し下へと続いており、左側の手すりに身を乗り出すと、すぐ下が見えるようになっていた。
5段、6段、
目の下あたりに手すりのてっぺんがあり、もう少し階段を降りると顔だけで下が覗けそうな位置だ。
・・・ピカッ
一瞬何かが階段の折り返しのところで光った気がした。
月光がチラチラと反射しているようだ。
さらに1段降りる。
折り返しの先が少し見えるようになってきた。
影とさらに濃い影と、ふたつの色があった。
おそらく別々のものなのだろう、壁と床は違った黒さをしていた。
ゆっくりと月が顔を出す。
窓からさし混んだそれは、存在に色を与えた。
ゆっくりと鮮明に視界が色づく。
足は階段を1段づつ降りながら、顔は階段の下へ下へと視線を移動させていく。先程感じた存在感を確認するように、月明かりを頼りに答え合わせをしていく。
1段降りるごとに、下の状況がよく見えた。
床の色には見覚えがあった。よく見た事がある色だっだからだ。
それは身近なものであったが、この場にあるはずはなかった。そしてありえない量のそれを目の当たりにしているのにも関わらず、少しほっとしたかのように息を吐いた。
あまりに異様なその場の空気にあてられたせいだ。
1段降りる事に広がる視線の先に、別のものが映った。
(…手?)
さらに下の方へ視線を移動させる。
(靴…足…)
さらに下へ。
(足…手…手…)
常軌を逸した光景に視線が張り付いて目をそらすことを許してくれなかった。
体の熱が奪われていく。夏だいというのに辺りがギュッと冷たく感じた。
息を殺したせいで吐き出すことができない肺からの空気が、次々に上に上がっては喉に詰まる。
さらに。
(手…胴体…胴体…胴体…髪の…毛……)
(……)
(……ッ!)
目が合った。
体はその場から必死に逃げた。確実に目が合った。月の光に反射する海の上に見たことある人間の形が転がっていた。
そいつはその中に紛れ埋もれていた。逆三日月顔でこちらを見ていた。
「死ぬ…!」頭の中を埋めつくした感情に全身の時間が止まった。
辛うじて本能は警報を鳴らし、目が合ったそれとは逆方向に体を思いっきり捻った。倒れ込みそうになりながらも必死に体勢を元に戻し、手も足も全部を使って階段を上がった。
膝が床につきそうになるが必死に耐えた。(ここで止まっては終わる)体が倒れないよう、背中のプレッシャーで無理やり支えた。
逃げながらも、頭は必死に生き残るすべを見つけるべく思考を巡らせていた。その結果本能が、全力で体を動かしながらも音を立てることを許さなかった。
靴が床を蹴る音、、息遣いでさえ、殺した。
音を立てずに体を必死に動かす、そんなことが出来たであろうか。
火事場の馬鹿力なるものか、はたまた恐怖故に音を失ったのか、走馬灯のようにスローモーションが続く世界の中で足と手だけは床を蹴り、体を運んだ。
ーーー
覚えていない。どうやってここまでたどり着いたのか。覚えていないがミサキは確実に今、部屋の隅で膝を抱えている。
心臓がドクドクドクドク速くなっていることに今更になって気づいた。
身体中が激しく鼓動する。空気を欲していた。
身体中の酸素が足りていないと激しく脈打つ。
相反するように、
大きくゆっくり息を吸う。
大きくゆっくり息を吐く。
鼓動は早くなるばかり。
それでも必死に大きく息を吸う。
少しでも空気を沢山吸いたい。でも、鼓動に合わせて呼吸をしてしまうと、鼓動が口から響きそうな気がした。
息を漏らし無くなかった。振動で音が伝わってしまう。
大きくゆっくり息を吸う。
大きくゆっくり息を吐く。
・・・ペタ
音が鳴る。
・・・ペタ…ペタ…
次第に大きくなるその音は少しすつミサキの方に近づいてくる。
息を止める。もっと小さく…もっと小さく…体をできるだけ小さくしようとしたが、服のこすれる音が耳に入り、途端に動くのを止めた。
首だけを縮め、音のする右側に首を傾けた。
(…下が…!)
記憶のないまま隠れた今の場所は、教室の物陰だ。ミサキの居る方は光が遮られ影になってはいるが、反対側は光が差し込んでおり、その光が物陰の下の隙間から見えた。
そんなことを思った一瞬のうちに、音はすぐ後ろまで来ていた。
右下を凝視することが出来なかった。
睨みつけるように隙間を見張った。
靴が歩いて通り過ぎた。
音も一緒に遠くなっていく。
ミサキはもう一度大きく息を吐き、呼吸をした。勝手に息が漏れないよう、力を入れ、口を開け、音を出さないように。
恐怖と呼吸もままならない苦しさで目からは涙が滲みでる。
遠ざかっていたはずの音がまた近くなる。
息をとめた。
体全身に力を入れ静止した。
下の隙間を睨見つけるように視線をやる。
反対側へと足は消えていった。
再び呼吸を始めようとした時、今度はさっきよりも早く音が戻ってきた。
さっきよりも早く、しかしゆっくりと近づいてくる。
息を止めるが苦しくなる。
力をずっとギュッと込め、ゆっくり息を吐く。
吐く時よりも強く力を込め、音を出さないよう息を吸う。
音がやんだ。
音はミサキのすぐ横で止まっていた。2足揃った靴が物陰の隙間から見えた。
服のこすれる音がなる。
踵が上がり、靴だけが見えていた隙間に膝が映る。
再び服のこすれる音がし手が映る。
肘が映る。
逆三日月の顔が月明かりに染まっていた。
(テレビニュースが流れる)
「続いてのニュースです。昨日未明、〇〇区の路地にある廃校にて、殺人の容疑で△△容疑者が逮捕されました。7月10日〇〇市の夏祭りで起こった殺人未遂事件の犯人と同一人物であるとみて、警察は調査を進めています。夏祭りで刃物を持って暴れている人がいると通報があり駆けつけたところ、犯人は林に逃げ行方を眩ませたため捜査が難航。「ガラスの割れる音がした」「怪しい人影を見た」「叫び声が聞こえた」など同場所での複数の通報により、逮捕に至りました。なお、廃校にて遺体が発見され、身元の確認を急いでいます。女子高生が1人発見されましたが、精神的ショックから言葉を話せなくなっているとのことです。犯人と見られる人物は、薬物を所持しており、意味不明な供述を繰り返しているとのことです。」