斬一倍
ノベプラの企画で投稿した必殺仕事人的な小説です。斬一倍とは新潟に伝わる妖怪で斬れば斬るほど増えてくる妖怪のことらしいです。『小説家になろう』でのオリジナル作品のは初めてなので先輩方、どうぞよろしくお願いします
火星の首都『ED』
テラフォーミングされたこの星の都市には闇から人を葬り去る始末屋達が存在した
深川のほとりにある焔魔堂には始末屋組織『火車』の面々がある標的について集まっていた
その標的の名は今、同心殺しで世間を騒がしている『斬一倍』と呼ばれる辻斬りだ
身の丈は黒い法衣に身を包んだ2メートル近い大男であり顔をずきんで隠している。
得物は時代遅れの刀であり、狙いは決まって奉行所の役人であった。
初夏の訪れである先月から一週間に一度現れ、これまで20人もの役人が犠牲になった
EDの司法を司る同心達は拳銃はもちろんのこと軽機関銃やショットガンで武装してもこの謎の殺人鬼を殺す事はできずほとんど斬り殺された。
両手を切断されながらも生き残った役人が言うには殺人鬼は自らを斬一倍と名乗ったという
その口調はまるでどこかにいる誰かに自分の存在を知らしめたい、そんな感じだったそうだ
「だが妙じゃねえか」
僧侶の格好をしたサイボーグの始末屋『摩利支』のゴンゲンはぼやいた。
「もはや奉行所ごときの戦力じゃもうどうしょうもねえ。だったら幕府は軍を差し向ければいいんだ。なのに軍をよこさねえ。何故か、俺達裏稼業に頼んで闇から闇に葬りさろうとしてやがる。頼み人は幕府関係者、もしくは軍だな。『妙多良』のお清」
「生憎、頼み人のことは明かせないねゴンゲンさん」
火車の元締めの『妙多良』のお清はキセルを咥えながら答えた。
彼岸花の刺繍が入った紫色の着物を着こなした芸妓の師匠に見えるが元々は腕利きの始末屋であり、彼女が手を下した人間は千人を超えると言われ、今もなお最強の始末屋と闇社会にて恐れられている
現役時代、彼女の使う鋼の三糸が奏でる音は冥土の土産とも呼ばれた
「気に入らねえ。俺はお上が嫌いだって知っているだろうが」
喧嘩腰のゴンゲンの前にお清の前で三味線をいじる十五歳くらいの少女がずいっと立つ。
銀色の髪に蜘蛛の巣の模様の刺繍が入った黒い着物を来た少女で目が見えないのか赤い眼は光を宿していない
『八握脛』のあやせ、どこか儚げに見えるが彼女はお清の娘でありその殺人技術のすべてを叩き込まれた始末屋である。
「母さんにさからうのか、ゴンゲン」
ビィン!
その白魚のような指で三味線の弦を引っ張る
光を宿さないその瞳には殺気は全くない。だがあやせが殺す気になれば既にゴンゲンの首はないだろう。
「冗談だよ。俺は嬢ちゃんと殺し合う気はねえんだ」
ゴンゲンは両手を挙げて肩を竦める
「斬一倍」
部屋の隅でパソコンを触る20代後半の冴えない眼鏡の男がぽつりと口を開く
表の仕事はIT会社の社員である『照魔』の鏡助だ
「あー、何だオタク野郎。なんか掴んだのか?」
「苦労したよ。公安柳生局のコンピュータにハッキングしたんだから」
「柳生だと、やばいんじゃねえか」
「ああ、やばい。この国のテロ対策の中枢である柳生局への不正アクセスは裁判無しにその場で斬り捨てられても仕方がない大罪さ。だがその甲斐もあって斬一倍のキーワードから蟒蛇というやばい連中が出てきた」
ーー蟒蛇とは柳生省が暗殺用に産み出した対テロリスト用の暗殺者達である
ーーメンバーは人別帳から外された孤児達が多く、薬物による肉体の強化、柳生辰影流に基づく戦闘教育、武士道を叩き込んだ
ーー薬物を利用し体を削りながらのその訓練は過酷なものであり大抵の子供達は育つ前に廃人になったり死亡したとされる
「武士道だって?」
「そうだ、侍の間でももはやカビの生えた思想だが創始者の柳生夜刀齋という男は命がけで国家に奉公するという武士道に目をつけて彼らを教育した。その結果、そこで産まれた蛇の子供達は滅私不動の武士道を掲げて由井卍救世軍、天草天動党など数々のテロ組織を壊滅させたと記録されている・・・、彼らは投与された神経加速剤『スカンダ』の影響で神経の伝達スピードが常人の十倍以上速く、その中でも優秀だった一人は速すぎて残像が質量を持っていたと言われる。そいつが仲間から斬一倍と呼ばれていたそうだ」
「しかし、餓鬼を薬漬けにして殺しの稽古とかよお。聞くからに胸糞悪そうな組織だな。で、どうなった?」
「簡単さ。その優秀だった斬一倍が師匠の夜刀齋を殺害。その後柳生から蟒蛇は危険すぎると言う事で闇に葬られた。誰も生き残っちゃいないよ。いるとしたらそいつは幽霊だ」
「あー、わかりやすい。ようはその生き残った野郎が今、EDで暴れていやがるんだろ。そして処理に困った幕府が闇に葬るために俺達に依頼したわけだ」
「でもなんで同心ばかりを狙うの? 恨みがあるなら柳生局だと思うわ」
「そうだよなあ・・・」
鏡助はボサボサの頭を掻きむしる。
体が壊れる程の薬物の投与と洗脳とも呼べる柳生の殺人教育で仕上げられた生粋の殺し屋として育てられた蛇の子供達
確かに彼らが柳生やEDを憎むとしても無理はない。
しかし
何故、無関係なEDの同心を殺し続けるのかいくら考えても答えは出てこない
「まあ、どうでもいいさ。報酬は良いんだ。気に入らねえが殺ってやる。いくぞ、あやせ」
「わかったわ」
「二人とも十分気をつけな。今回の奴は今までの的とは違う。何しろ相手は柳生局が産み出した強化人間、私はね、あんた達二人掛かりでも厳しいと思っているのさ」
お清は珍しく苦そうに顔を歪めながら言う。
彼女が言うなら強敵なのだろうが・・・
逆にゴンゲンは豪快に笑った。
難しい殺しを行ってこそ、リスキーな仕事こそ始末屋冥利に尽きる
「ハハハハ、何を言ってやがる。柳生が、蟒蛇がなんぼのもんだってな。ばばあ、殺しの腕なら俺達の方が上だぜ」
ゴンゲンとあやせ、二人は焔魔堂から出て行った
「出てきてくださいな旦那」
二人が出て行った後の焔魔堂に一人の男が入ってくる
歳の頃は三十前後、背の高い体に安物のスーツを着たサラリーマン風の男である
よく見れば目鼻立ちが整った美しい顔立ちに見えるが、纏わり付いた平凡なオーラがせっかくの美麗さをかき消してる
その結果、せっかく美男子なのにどこにでもいるような昼行灯のような男という印象を人に持たせてまう
「だ、誰だ!?」
「お待ち、鏡助。私の客だよ」
デスクの引き出しからグロック19を取り出そうとした鏡助をお清が止める。
「今のが始末屋ですか」
男はキョロキョロ落ち着かない感じで言う。
どう見ても昼しか歩けないただのサラリーマンだと鏡助は思った。
「ええ、私の仲間達です。さあ、旦那、今宵、この此岸と彼岸の間に現れたと言う事は覚悟ができたようですね。再び我らと共に暗夜を歩む覚悟を」
暗夜?覚悟?
お清は何を言っている?
まるでこの平凡を絵に描いたような優男を始末屋に誘うみたいじゃないか
「私は・・・」
ーーほら、見ろ
男の右の拳が震えている
こんな男につとまるほど裏稼業は甘くない。
お清は何を考えている?
「旦那」
お清は赤い唇を歪ませてつぶやいた。
「ここから逃げ出すつもりですか? 生憎、無理というもんさ。旦那も私も人殺し、悪とか正義とか関係なく一度人の生き血を啜った人間はその時点で人間ではなくなる。この修羅道から抜け出す事はできないよ。たとえ死んでもね」
「そんな事はわかっている・・・。だけど、今の俺には家族がいる。あんた達からしたら平凡な人生だがようやく俺はこの平凡を掴んだんだ。勘弁してくれ」
「傷だらけで隅田川の岸に流れ着いたお前様は桐谷という名の同心に命を救われ、過去を隠した状態でその御方の娘の婿養子となって今は平々凡々な奉行所勤めをしていらっしゃる。お笑い草じゃないか。修羅が人の夢を見るなんて、人間様の真似事をしてたいなんて」
「・・・・・・」
鏡助はお清を睨み付ける男の眼光に息が止まった
ただの昼行灯が出せる眼光ではない。並の悪党が出せる殺意ではない
この男は根っからの人斬りだ。それも殺しが生活にまで染みこんだくらいの
「でも、いいさ、今一度、その腕を貸して頂ければ縁を切りましょう。今度の相手はお前様にもゆかりがある相手です」
「約束だぞ・・・お清さん」
「いいよ」
お清はケラケラわらながら首を縦に振う。
「ですが、お前様は天魔に魅入られた御方。私どもが手を引いてもあなたは殺しを止められない。所詮、私もお前様も人の命を吸わないと生きていけない毒虫だ。どんなに日の当たる世界を望もうと人を殺さずにはいられない殺人中毒者・・・ゆめゆめお忘れ無きよう」
今宵、町外れの荒れ寺で人知れずその闘いは始まった
「オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ」
ゴンゲンは背負った厨子型の弾倉と給弾ガイドで繋がるミニガンを構え斬一倍に向けて一斉射撃を仕掛ける
覆面を被り修験者の姿をした斬一倍は刀を片手に構えながらよける事無くこちらに向かって走ってくる
こちらに向かってきているのに銃弾は一切当たらない
いや、当たってはいるようにみえるのだが斬一倍は怪我一つ負わず駆けてくる。
徹甲弾が捉えるのはすべて残像。
本体はすれすれで躱している。
ーー具体的な質量感のある残像、そいつがこれかい
ゴンゲンの人工眼球が斬一倍の姿を見失う
振り返ると斬一倍に隣に回り込まれていた
完全に刀の間合いである
「シィイイイイイ!」
鋭い気を吐き上段で刀を振りかぶる斬一倍
銃でガードしようとしたが間に合わない
ガードしても奴の刀は青く輝くヴァジュラ・ストーン製の結晶刀、こんな鉄の塊など簡単に切断されてしまう。
「クソ!」
ゴンゲンは目をつぶり死を覚悟する
「ゴンゲン!」
あやせの呼びかける声にゴンゲンははっと目を開く
あやせがはなった三本の銀色の糸が斬一倍の腕に絡まりその腕を切り落とす
斬一倍は跳躍し二人から距離をとる
腕は・・・無事だ
切り落とされたと思ったのは残像
奴のスピードは完全に二人の知覚の外にいる
ははははは、斬一倍は薄い唇を歪ませて笑う
ーー強い
斬一倍はつぶやいた
「あなた方、二人は強い。いやいや、想像以上だ。蟒蛇以外にこんな殺し屋が外にいるとは思わなかった」
「そいつはどうも」
「そんな賞賛、意味ないわ。だってこれからあなたは死ぬのだから」
あやせは両手の手甲から鋼の三糸を引き出す
両手の手甲に仕込まれた鋼鉄の糸で相手を斬り刻む、それが八握脛の殺し方である
「そ、そうだぜ。諦めな。てめえはもう、終わりだよ」
次の瞬間、斬一倍の姿が二人の視界から消えていた
「実力差がわからない貴殿達ではないでしょう」
斬一倍は僅かな音を立てずに二人の始末屋の後ろに立つ
「貴殿達はこの私のスピードに追いつけない。捉えられないのでは一方的に切り刻まれるしかない」
「筋力増強剤、神経加速剤、覚醒剤、鎮痛剤、ホルモン注射、エトセトラ、エトセトラ、ジャンキーの癖に生意気言うんじゃねえよ」
「フン」
斬一倍は嘲笑げに鼻で笑い飛ばすと頭巾を顔からはがした
すると髪がはげ上がって歯がボロボロになった骨と皮だけになった男の顔が現れる
廃人寸前の重度の薬物中毒者の顔だ。その顔には既に死相が色濃く出ている
「確かに私は重度の薬物中毒者である。繰り返される幻覚、幻痛。薬漬けで臓器、神経は蝕まれ肉体はすでにボロボロだ」
「そりゃそうだ。ドーピングで得たてめえの強さなんてもんは紛いもんだ」
「違う、薬物を使い、更なる加速に耐えられる筋力や技、そして揺るがない真の武士の魂を得る。その為にすべては修行・・・そう、あの男の前に立つために修行」
「半端な兵士の侍気取りは俺も気に入らねえ。だがてめえはそれ以下だ。何が真の武士だい。ただのラリって暴れるクソジャンキーだよお前」
「済まぬが・・・貴殿の言葉は私には届かん」
斬一倍は刀を大上段に構える
「死ね。最後の加速だ」
「お待ちを」
懐かしい声がして斬一倍は手を止める
声の方向を見ると腰のベルトに大小二振りの刀を差したスーツ姿の男が立っていた
「なんだこいつは? なんでここに」
ゴンゲンは突然の乱入者に驚き目を見開いた
「私達の姿を見られたわ。あの人も殺すしかないわねゴンゲン」
「まて、あやせ。様子がおかしいぜ」
ゴンゲンはサラリーマン風の男を殺そうとするあやせを止める
「お、お、お、お・・・」
斬一倍は男を見て感極まったように体を痙攣させる。
その目からは光るものが見えた
スーツの男はゴンゲンとあやせを無視して斬一倍の前に立つと深々と頭を下げる
「お久しぶりです兄上」
「さ、探していたのだ。私はこの十年間、ずっとお前の事をな」
「同心を殺しつづけたのはその為ですか」
スーツの男は地に向けた顔を上げる
その斬一倍を見上げる金色の光を宿す眼光は宵の星より鋭く輝いている。
「そうだ。ある筋からお前がEDで同心になったと聞いた。だがお前が同心のどこの部署にいるのかわからなかった。だから斬一倍というお前の昔の名を名乗ればお前の方から私を斬りにくる・・・そう踏んだ」
「そんな事のために・・・無駄な殺生をした」
態度は柳そのもの、しかし・・・
その声には確かな怒りが混じっている、ゴンゲンはそう感じた
「武士道とは死ぬ事と見つけたり・・・、太平の世で闘って死んだ彼らは幸せだったろう。私がお前の前に立つのもそれだ」
『斬一倍』は男の首筋にその青く輝く結晶刀の切っ先を向ける
「我らが師であり父を殺したその腕で、私と立ち会え」
「兄上、どうしてもですか?」
ーー生きる事に飽いている
ーー殺しのないハリのない日常に渇いている
ーーお前の正体はなんだ?
「お前が師を斬ってから我々はお払い箱。殺しを生業にできなくなった。そしておまえも今の殺しのできない生活に飽いている頃だろう・・・このまま怠惰にゆっくり死んでゆくより、殺すか殺されるか一期一会に身を置くのが我々の抱いた武士のあるべき形」
「違う!」
男は首を振って否定する
「違う。俺は新しい名前を持って新しい家族とのこの平凡な暮らしを愛している。もう、昔の俺じゃない! 殺しなんかしたくない」
ーーいやいや、わかっているだろ?お前は毎日嘘ばかりついている
「無理だよ。薬物や殺人訓練で我々は人間としての根幹を師である柳生夜刀齋に歪められてしまった。殺しはドラッグと同じ。我々は止まることはできないよ。さあ。抜け! 抜いて私と闘え! その練り上げられた武の境地を私に見せろ!」
「どうしてもですか。私は望んでいないのにどうしても兄弟子であるあなたを殺せと」
ーーおまえはただ殺す事が楽しいと思っていた。皆が生きる事に必死だったのにお前だけは
「殺せないなら殺すようにしてみせるさ」
『斬一倍』は懐からアンプルを取り出す
「最高純度の加速剤『スカンダ』だ。これを打ち込めば我々といえど体が持たん。命を引き換えに加速する。俺を殺さないならコンマ一秒でお前は地獄へたどり着く」
「わかりました。そこまで言うなら仕方ない」
ーーお前は産まれながらに天魔に魅入られている。必ずや我ら柳生に、主たる幕府の害になる。我が手で貴様を人間に帰そうぞ。死んで人に戻れ
ーー嫌だよ。まだ、俺は死にたくない、死にたくないよ父上。
ーー父上を斬ってでも俺は生きてやる
「俺が送ってやるよ十万億土に」
男は刀の柄に手を掛けるとゆっくりと鞘からその赤く輝く刀身を抜き放つ
刀身は赤いヴァジュラストーンでできた結晶刀
まるで鮮血で作られた氷刃のようにおぞましくも美しい刀だった
刀身と同時に男の中の殺気が解き放たれる
「なんて殺気だ」
その殺気は始末屋歴が長いゴンゲンも感じたことのない鋭利な刃物で刺されるような鋭いもので、沈着冷静なあやせも表情を変えぬものの額から油汗を浮かべている
「やっとやる気になったな」
鋭い殺気を心地よく浴びながら『斬一倍』はニヤリと笑うと首筋にアンプルを突きつけた
針が刺さると同時に中の液体が自動的に血管に送り込まれる
「うっ」
『斬一倍』の皮膚に血管が浮かび上がり筋肉が膨れあがる。
きくねえ~、涎を口から垂れ流しながら虚ろな瞳で虚空を見上げる
頭の中で神経が縮れ、さらに新たに作られた神経が強固に結びつく
スカンダは神経を一度殺し、新しく伝達スピードの速い神経を作り作り変える事で更なる加速を可能にする
次第にその目の焦点があってくる
偽の『斬一倍』は刀を大上段に、真の『斬一倍』は脇構えにそれぞれ刀を構える
どちらかが何かを言う事も無く二人は同時に動き出す
ーー加速開始(acceleration)
限界を超えた脚力で床を踏み砕く
二人の姿が一瞬ぶれたかと思うと無数に現れ斬り結び、離れ、飛び上がり、お互いの命に向かって氷刃を振う
質量を持った残像
残像はすべて真体と区別が付かないくらいのリアリティがあり、増え続ける幾多の自分が膨れあがる数多の相手を殺すために刀を振ってゆく
そして砕ける音と共にこの夢幻のような斬り合いに決着がつく
偽の『斬一倍』の青い刀が真の『斬一倍』の振う赤い刀に打ち砕かれる
そして、間髪入れる事無く、真の『斬一倍』が相手の懐に飛び込むといつの間にか抜き放たれた脇差しが偽の『斬一倍』の胸をまっすぐに貫いた。
赤い短刀に心の臓腑を貫かれた男はおお、と感嘆の声を上げながらただ、穏やかに微笑んでいた
その表情はまるで菩薩である
「見事だ・・・、斬一倍・・・、いや、壱兵衛」
壱兵衛は仏になったかつての兄弟子に何も言わなかった
もともと感情を殺した男だ
ただ涙だけがその目からこぼれ落ちた