9.徹底した指導
解体場の門をくぐり抜けた俺たちは、広々とした敷地内に足を踏み入れた。
周囲には様々な種類の魔物の素材が積み上げられ、空気には独特の鉄錆びたような匂いが漂っていて、長くいたら気分が悪くなりそうだ。
中央には、分厚い皮エプロンを身に着けた屈強な男たちが何人もいて、忙しそうに作業をしていた。
「ここがトリントの解体場か。かなり広いな」
「ほんとですね……すごいです」
俺が呟くとエリスが目を輝かせて感嘆の声を漏らした。
「ああ、これだけ解体場が広いってことは、実入りもそれだけあるってことなはず。ここで少し依頼をこなしてくのは間違いじゃなさそうだ」
「この街の近くには『トリント大森林』がありますので、魔物の討伐依頼も多いんです」
俺も感心しながらエリスに同意すると、リズが説明してくれる。
「ところでお話というのは……」
「ああ、それなんだが……たぶん見てもらったほうが早いと思うんだ」
「見る、ですか? 何をでしょう?」
「えーと、ここらなら広いからいいかな。――《シャドウボックス》」
俺は《シャドウボックス》からサイクロプスを取り出し、
「サイクロプスを討伐したんだ。これを買い取りしてほしい」
と、告げた。
その瞬間、リズの表情が笑顔のまま硬まった。
それだけでなく、それまで大きな声を出して作業してた解体士たちも一斉に作業の手を止め、俺たちに注目した。
「えと、これって……サイクロプス? え、どこから?」
「……サイクロプス? 本当に?」
「本当に、サイクロプスだ……! しかも、この大きさ……間違いない、間違いなく大物だ」
エリスはフリーズしたまま、解体士たちも目を丸くしながら驚き、次に興奮し始める。
「――お前たちがこれを倒したのか?」
初老の解体士が俺たちに近づき聞いてくる。
「ああ、そうだ。ターリスの森で討伐したんだ」
「ちょ、ちょっとお待ちください!」
ようやく我を取り戻したリズが、慌てた様子で間に入ってきた。
「あの、シェイドさんはブロンズランクでエリスさんはアイアンですよね? サイクロプスは、ゴールトランクのパーティーでも苦戦するはずなのですが……」
リズの目には明らかな疑念が浮かんでいる。
だが、表立って「あなたたちでは倒せないはず」と言ってこないだけ、優しい対応ともいえる。
「冒険者のランク的にはそうだな。だが、俺はマスタークラスのスキル持ちなんだ。ちなみに彼女もリーダークラスのスキルを持っている」
「あの、シェイドさん。実はその――」
「マスタークラスですか!? あぁっ! だから、先ほど急にサイクロプスが現れたのもそうだったのですね! それにエリス様もリーダークラスとは……たしかに、それならサイクロプスを倒したのも納得できます」
「いえ、ですから私は――」
「ああ、本当にすごいのは彼女なんだ。エリスがいなかったら、俺のスキルもクラスなし以下だったし、魔法もサイクロプスや野盗を圧倒する力だったからな」
「そうだったのですね。トリントのギルドとしては、お2人に長く留まっていただければ喜ばしいことです」
「まあ、どれくらいとは決まってないが、少しはここで依頼をこなすつもりだ。なあ、エリス……エリス?」
後ろを振り返ると、なぜかエリスが頬をぷくっと膨らませていた。
俺が再度問いかけると、
「……なんでもありません」
と、そっぽを向かれてしまった。
……なぜだ。
ともあれ、トリントのギルドでは俺たちのことを受け入れてくれそうでよかった。
「――では、こちらのサイクロプスのすべてをお売りになるということでよろしかったですか?」
「ああ、頼むよ」
「承知しました。サイクロプスの目や角、そして魔石は高価なものになりますので、少々お待ちいただくことになるかと」
「わかった。よろしく頼む」
俺が頷くと、
「よし、早速解体に取り掛かるぞ! まずは目と角、それに魔石もだ」
と、初老の男は手を叩いて、他の解体士たちに指示を出し始めた。
職人たちは迅速に動き出し、サイクロプスの解体が始まった
「ところで、ターリスのギルドではお売りにならなかったのですか?」
「ああ、それは……」
俺はチラリとエリスを見る。
エリスは少し神妙な顔つきで頷いた。
「ターリスで何か問題があったのですか?」
それに何かを察したリズは、真剣な表情で俺に問いかけた。
「実は――」
俺は、ターリスでの冒険者ギルドでの冷遇や差別について、エリスがどれだけ辛い思いをしていたかを話した。
リズは深く息を吐き、
「本当に申し訳ありませんでした、シェイド様、エリス様。冒険者ギルドというものはどこの国にも属さない独立した機関です。ですから、様々な種族の方にご利用いただいております。今回のような事は決してあってはならないことです」
深々と頭を下げるその真摯な謝罪に、エリスも少し驚いた様子だった。
「あの、大丈夫です、もう気にしないでください。リズさんのような方がいてくだされば安心です」
その言葉に、リズはほっと安心したように表情が和らいだ。
「だな」
「ありがとうございます。お2人の信頼を回復できるよう、誠心誠意努めてまいります」
解体場を後にして再びギルドの建物に戻ると、俺たちは報酬の手続きを進めるために受付に向かった。
リズはすぐに手続きを始め、証文と解体された素材の評価を行った。
「――それでは、まずサイクロプスの素材の買取金額ですが、目が両目で30万アウル、角は35万、魔石は50万アウルとなり、合わせて115万アウルとなります」
想像以上の金額に、俺とエリスは揃って「おお……!」と声を上げる。
「続いてゼフ一味の賞金ですが、全部で38万アウルになります。なので、サイクロプスの買取金額と合わせて153万アウルとなりますが、こちらの金額でよろしいでしょうか?」
「ああ、これなら当分の間は金に困らないな。助かったよ」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
俺はトレーに乗せられた金貨や銀貨を半分に分け、
「ほら、エリスの分」
「へ?」
小袋に入れてエリスに手渡した。
「え、あの――」
「いいか、エリス。俺と君はパーティーを組んでる仲間だ。そこには序列も差もない。だから、こういうのはきっちり半分こだ。苦しい時も嬉しい時も、きっちり半分こだ。それこそが冒険者だ」
「――はい!」
俺も偉そうな事を言えるような経験をしてきたわけではないが、こういうところはきっちりしないといけない。
命を預ける同士、変に遠慮なんかしてたらいざという時に信頼できないからな。
エリスは受け取った小袋を大事そうに握りしめた。
「さて、それじゃゴブリン討伐に行こうか」
「はい、わかりました」
「あ、お待ちください」
「ん?」
去ろうとする俺たちをリズが引き止めた。
「先ほどのターリスでのギルドのお話ですが……受付嬢の名前は覚えておられますか?」
「あー、なんと言ったかな……たしか『イリナ』とかいう赤毛の娘なはずだ」
「『イリナ』ですね。承知しました。この度は冒険者ギルドがご迷惑をおかけし、本当に申し訳ありませんでした。今後、2度とそのようなことがないよう、徹底した指導をいたします」
「あ、ああ、助かるよ」
リズは笑顔を一際深め、『徹底した指導』に語気を強めた。
これは怒らせたらヤバいタイプだなと、俺は心の中にしっかりと刻み込むのだった。
お読みいただきありがとうございます。
このお話を少しでも良かったと思っていただけたら、
広告の下にある【☆☆☆☆☆】にて応援をお願いします!
また、【ブックマーク】もしていただけると本当に嬉しいです。
執筆活動の励みになるので、何卒よろしくお願いいたしします!