6.新たな冒険
ギルドの扉を開けると、いつものように賑やかな喧騒が俺たちを出迎えた。
併設された酒場から冒険者たちの笑い声が響き渡り、俺たちは堂々とカウンターに向かい、受付嬢の前に立った。
「ああ、薬草採取ですか? ここの上に適当に出してください」
受付嬢はチラリと俺の顔を見て、あしらう様に雑な対応だ。
俺はやれやれと嘆息しながらも、
「ああ、そうだ。それと、サイクロプスを討伐した」
と報告した。
それに対して、受付嬢は「はあ? 何言ってるんだこいつは」という表情を浮かべ、聞き耳を立てていた周りの冒険者たちもポカンと口を開けた。
そして、次の瞬間――、
「「わははははははっ!!」」
一斉に笑い声が上がった。
受付嬢も笑うことを耐えようとして、変な顔になっている。
「ちょ……ちょっと、シェイドさん! 笑わせないでくださいよぉ」
その顔はまるで信じていない顔つきだ。
まあ、これまでの俺の貢献度を考えれば、無理もないといえる。
といっても、ここまで馬鹿にすることもないとは思うが。
「サイクロプスだって? お前ら、冗談も大概にしろよ。いつまでマスタークラスに夢見てんだ!?」
酒場のテーブルに座っていた大柄な男が声を上げた。
「たしかに俺はずっと夢は見てたが、冗談ではないな」
「ケッ! ついにヤキが回っちまったか? んなことより――おい、猫女。テメェが何でそいつらといる? ゲインたちはどうしたんだ」
男はピシカを睨みつけるように言った。
「……んだよ」
「あん? 何だって?」
「……死んだよ」
「――な、何だと!? テメェ、まさか……」
ピシカの言葉にザワッとする中、男が立ち上がろうとする。
「あー、勘違いするなよ。その男たちはサイクロプスにやられたんだ。調べればわかる」
俺はすかさず間に入って、殺気立つ男たちに向かってつげた。
「テメェ、まだそんな寝言を――」
「なあ、証拠をここに広げてもいいか?」
このままでは埒が明かないので、俺はそう受付嬢に確認する。
受付嬢は俺たちが手ぶらだから何もないだろうと高を括り、「どうぞご勝手に〜」と鼻で笑った。
俺は「たしかに確認したぞ」とつげ、
「――《シャドウボックス》」
「「「うわあああぁあぁぁあああッッッ!?!」」」
サイクロプスを《シャドウボックス》から取り出した。
その大きさは、カウンターや併設する酒場のテーブルを壊すほどだ。
「ちょ、ちょっと!? 何してんですか!?」
「何って、証拠だよ。ほら、ちゃんとサイクロプスだろ? 俺はここに広げていいかちゃんと確認したろ?」
「だからって――てか、え? ホントにサイクロプス? え、嘘……」
受付嬢はギルドの中をグチャグチャにされたことと、サイクロプスという大物が本当に倒された事実に、目を白黒させて混乱していた。
それはそうだろう、この街ではこれほどの大物なんてまず討伐されることなんてない。
「それと……」
俺は、ピシカとパーティーを組んでた冒険者の遺体を出した。
「ゲイン!? それにテリーとドリーも……そんなバカな……っ」
「彼らの傷を見てもらえればわかるが、サイクロプスにやられたものだとわかるだろう。生き残ったのは彼女だけだ。それも併せて報告させてもらおう」
すると受付嬢は顔色を変え、これまでと打って変わって下手に出始めた。
「あ、あのぅ〜……す、すみませんでした。本当に討伐されたんですねぇ。報酬をすぐに手配しますので、少しお待ちいただいて――」
「いや、その必要はない」
「へ?」
俺は間の抜けた返事をする受付嬢に、
「どうやら迷惑だったみたいだからな。これはすぐに片付けて、別の場所で換金してもらうとしよう。あ、彼らのことだけは頼んだぞ」
と言いたいことだけ言って、さっさとサイクロプスを《シャドウボックス》に収納してしまった。
受付嬢は「え? え?」と、事態をよくわかっていない様子。
そのまま放置して俺たちが出て行く直前、
「ま、待って……! お願いっ、待ってえぇぇぇ――っ!」
ようやく我に返った受付嬢の虚しい叫び声を、背中いっぱいに浴びるのだった。
◆◇◆
ギルドから出ると、
「本当にありがとう! シェイドとエリスがあの時いなかったら、きっと私もあんな風に並ぶことになってただろうから……」
ピシカが感謝を述べながら頭を下げた。
「気にするな。なんにせよ、無事でよかったよ」
「……シェイドは変わってるね。人種なのに、獣人の私なんかとちゃんと向き合ってくれて」
「シェイドさんはそういう方なんです、ピシカさん。私もそうやって救われた1人なので、お気持はよくわかります」
顔を綻ばせるピシカに、エリスは同調するように優しく微笑んだ。
ピシカと別れ、俺たちは街の中を歩き始めた。
すると――、
「あの時シェイドさんが涙を流した意味、私にもわかった気がします」
エリスはポツリと呟くように言った。
あの時――森で彼女と出会い、俺が『シャドウマスター』の力を解放してもらった時のことだ。
ギルトでの俺への扱いを目の当たりにして、あれがどれほど嬉しい出来事だったかエリスにもわかったようだ。
そして――、
「俺もエリスの苦労はよくわかったよ。ピシカも言ってたが、人種の差別は中々に酷いものだ」
彼女たち人種以外の生きづらさを理解した。
2人とも同時にため息をついた。
「俺たち、似た者同士だな」
そう笑いかけると、エリスも笑顔を返してくれた。
「ん?」
その時、俺の足に妙な感触があった。
ふと下を見ると、俺のズボンの裾をくいくい引っ張る黒い手があった。
「うお!?」
「ふぇ!?」
俺が急に驚いたせいで、エリスまで驚かせてしまった。
が、こんなの急に見れば驚かないわけがないだろう……。
「『シャドウ』……急にどうしたんだ?」
その黒い手は『シャドウ』で、どうやら俺に何か伝えたいようだった。
「ん? あっち?」
『シャドウ』は人差し指を伸ばして、「後ろの方を見ろ」とばかりに指し示している。
「……なるほど、そういうことか」
俺が後ろを向くと、不自然に隠れる複数の影。
どうやら、何者かが俺たちの後をついてきており、それを『シャドウ』が教えてくれたようだ。
「『シャドウ』、ありがとな」
『シャドウ』はグッと親指を立て、元の影に戻った。
なんとも優秀な相棒だ。
「あの、どうかしましたか?」
「エリス、どうやら尾行されているようだ」
「え……」
心配するエリスに教えると、驚き言葉を失う。
「それって、あの――」
「大丈夫、心配するな。こういうのは俺に任せておけ」
そう言って、俺たちは路地裏に入った。
すると――、
「おう、気付いてたか。逃げねぇなんて、よっぽど自信があるんだなぁ」
そこに、数人の男たちが現れた。
それは先ほどのギルドで絡んできた大柄の男たちだ。
「何か用か? こっちは特にないんだがな」
「ツレねぇこと言うなよ。理由はわかってんだろ? なあ?」
「いや、まったくわから――」
「お前たちが、俺たちのゲインたちを殺したんだろうがッ! あいつらの手柄を横取りするためによぉ!」
大胡らの男は、怒りに満ちた表情で叫んだ。
「違う。さっきも説明したが、俺たちはただサイクロプスを倒しただけだ。お前たちの仲間を殺したのはサイクロプスだ」
俺は努めて冷静に反論したが、ここまでする相手が聞く耳を持つはずもなかった。
「うるせぇ! マスタークラスだかなんだか知らねぇが、万年ブロンズランクが調子乗ってんじゃねぇッ!!」
完全に頭に血が上っている。
俺は早々に『シャドウ』を呼び出し、
「『シャドウ』、死なない程度に痛めつけてやれ」
命令を受けた『シャドウ』は、男たちの攻撃を避けようともせず、
「な、何だコイツは!?」
「グハッ――!?」
「あがッ!」
拳でタコ殴りにして沈黙させ、俺たちをその場を離れた。
「まったく……もう、この街で冒険者を続けるのも無理か……」
このままここにいても、いろいろ問題が起きすぎたせいで、間違いなく生きづらいだけだ。
ならばいっそ――。
「エリス、一緒にこの街を出ないか?」
俺は街を出ることを提案した。
彼女と一緒なのは、お互い似たような境遇でもあり、人種である俺なら助けになるかもしれないと思えたからだ。
驚いた表情を浮かべるエリスに、
「この街で冒険者を続けるのも難しいだろう。お互いにな。本当かどうかわからんが、東の方には差別がない国もあると聞いたことがある。これもなにかの縁だし、君への恩も返し足りてないと思ってる」
俺は正直な気持ちを伝えた。
「私のほうこそシェイドさんには助けられっぱなしです。シェイドさんが一緒にいてくれるなら、とても心強いです。こちらこそ、よろしくお願いします!」
エリスは微笑み、頭を下げた。
こうして、俺たちはパーティーを結成し、この街を後にすることにした。
新たな冒険が待っていることを胸に、次の目的地へと向かって歩き出すのだった。
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