4.リベンジマッチ
翌朝、柔らかな日差しが窓から差し込むと、俺はゆっくりと目を覚ました。
昨日の出来事が頭に浮かび、何気なく《シャドウ》を呼び出し、軽く動かしてみる。
昨日と同じ軽快なダンスだ。
「よし、夢じゃないな」
俺はほっと胸を撫で下ろす。
よかった、夢じゃない。
「おっと」
エリスとの約束を思い出す。
ベッドから起き上がり、軽くストレッチをした後、宿の下の階に降りた。
「おはようございます、シェイドさん」
エリスはすでに起きていて、朝食の準備をしているリーマと話していた。
彼女の明るい笑顔を見ると、昨日の暗い影が少し和らいだように思える。
「おはよう、エリス。よく眠れたか?」
「はい、おかげさまで。シェイドさんも?」
「ああ、ぐっすりだよ」
リーマが焼きたてのパンとスープを持ってきてくれ、2人で朝食をとった。
食事を終えると、俺たちはギルドへ向かう準備を整えた。
「それじゃ、行こうか。今日はギルドで拠点登録を済ませよう」
「はい」
エリスは少し緊張した面持ちで頷いた。
俺たちは宿を出て、街の中心部にあるギルドへと向かった。
ギルドに到着すると、周囲の冒険者たちの視線が俺たちに集まった。
特にエリスの存在が目立っているようだ。
彼女は半歩下がって俺の後ろに隠れようとしていたが、俺は彼女の肩に手を置いて安心させた。
「大丈夫だ、エリス。俺がついてる」
受付カウンターに近づくと、受付嬢が冷たい視線を投げかけてきた。
「あんた、また来たの?」
彼女の冷たい言葉に、エリスは少し怯んだ。
しかし、俺は一歩前に出て、彼女を守るように立ちはだかった。
「エリスをこの街で活動できるように登録してくれ」
受付嬢は鼻で笑い、
「シェイドさぁん、あなたマスタークラスでしょ? あなたもこの街で暮らしてるなら、わかるんじゃないですかぁ? こんなハーフエルフがまともな依頼なんて受けられるわけないでしょ」
拠点登録なんてサラサラさせる気がない態度だ。
腹立たしい。
元は美人なのに、その醜悪な笑みのせいで台無しだ。
俺は少し呆れ気味にため息をつき、
「別にハーフエルフだろうと問題ないだろう? ギルドは種族関係なく、平等なはずだ。正当な理由なく拠点登録を拒否することは、ギルドの規約違反のはずだが……アンタの一存でそんなこと決めていいのか?」
俺は毅然とした態度で指摘する。
「……ふんっ、マスタークラスだからって偉そうにしないでください。ちょっとからかっただけでしょ? 冗談も通じないんだから」
受付嬢はエリスからプレートネックレスを受け取ると、不満そうな表情を浮かべてブツブツしながらも、渋々と手続きし始めた。
まったく、いったいギルドでどういう教育をしているんだ。
無事に登録を終えたエリスは、アイアンランクのプレートネックレスを投げるようにして返される。
さすがにイラッときて文句を言おうかと思ったが、当の本人はまったく気にしないどころか、ようやくこの街で冒険者として活動できることに嬉しそうだった。
「シェイドさん、ありがとうございます!」
「気にするな。さっそく、初めての依頼を受けてみよう」
俺たちは掲示板に貼られた依頼書を見て回った。
いつも俺が受けている、常時掲示されている初心者向けの薬草採取の依頼が目に留まる。
「とりあえず、これはどうだ? これなら、森で薬草を採取するだけだが、初めての依頼にはちょうどいい。俺もよくやるやつだから教えれるしな」
エリスは「わかりました。お願いします」と頷き、受付に依頼書を持って行った。
「これでお願いします」
受付嬢はまたしても不満そうな顔をしながらも、依頼を受け付けてくれた。
「ふん、初心者にはこれが限界ね」
これ以上長居せずにさっさと出るのが吉かとその場を後にすると、今度は周囲の冒険者たちの嘲笑する声が聞こえた。
「おい見ろよ、マスタークラスの草むしりがハーフエルフなんて連れてるぜ」
「まったく……マスタークラスも落ちたもんだな、あんな奴を連れてるなんて」
「奴隷なんじゃないか? アイツのスキルの『シャドウ』だかが使いもんにならないからだろ」
「違いねぇな、ギャハハッ!」
隣接する酒場で、昼間から酔っ払っている男たちが下卑た声を響かせている。
よくもまあ、ここまで嫌われたもんだ。
俺があいつらに特に何かしたわけではないはずだが、マスタークラスのスキル持ちというのがよっぽど気に食わないんだろうな。
「シェイドさん……」
エリスはギュッと小さな拳を握りしめていたが、俺は彼女の肩を軽く叩いて言った。
「いつものことだ。行こう、エリス」
「……はい、シェイドさん」
ギルドを後にし、俺たちは森へ向かうのだった。
◆◇◆
あ、しまった。
サイクロプスの件を報告し忘れた。
今は森に入り、俺のおすすめポイントへエリスを案内中だ。
いろいろあったせいで、すっかり忘れていたが……ま、戻ってから報告することにしよう。
今回の依頼は『アムル草』と呼ばれる回復薬になるもので、俺たち冒険者には馴染みが深いものだ。
「ここら辺が群生地だな。この3つに分かれた葉っぱが特徴的なんだが、たまに4つに分かれたものがあって、それは逆に毒薬の原料だから気をつけてくれ」
「わかりました」
俺たちは薬草を探し始めた。
エリスは熱心で、薬草の種類や採取の方法を俺に教わり学んでいった。
「――この葉は風邪薬にいいとされてるんだ。効果は……まあイマイチらしんだけどな。ないよりはマシだ」
依頼とは関係のない薬草も、この際だからエリスに教えながら採取していった。
「いろいろな用途の薬草があるんですね」
エリスは真剣な表情で薬草を摘み取っていく。
その姿を見て、俺も初心者の頃を思い出し、少し微笑んだ。
「うん、丁寧でいい感じだな」
ある程度の薬草を集めたところで、俺たちは一息つくことにした。
「もう少し集めれば、依頼達成だな」
「はい、もう少しですね!」
その時――、
『――グオオォォォォ――ッ!!』
森の奥からサイクロプスの咆哮が響き渡り――、
『きゃああぁぁぁぁ――っ!!!』
次に悲鳴が聞こえてきた。
「――!? シェイドさん!」
エリスが反応すると、俺もすぐに立ち上がった。
「昨日のサイクロプスか……」
サイクロプスは、本来ゴールドランクがパーティーを組んで戦うような相手だ。
どう考えても、ブロンズとアイアンランクの2人組がまともに戦えるわけない。
だが、『シャドウマスター』の本当の能力を解放してもらった今なら、倒すことは無理でも助けることくらいならてきるかもしれない。
「エリス」
「はい」
「……行けるか?」
「――! はい!」
俺はエリスに頷き返し、音が聞こえた方角へと走り出した。
サイクロプスは5mほどもあるので、少し離れた位置からでもすぐにわかった。
そこには、サイクロプスによって蹂躙されている冒険者たちの姿もある。
ほとんどが倒れていて生きているかわからないが、1人対峙している者がいた。
「エリス、準備はいいか?」
「はい、シェイドさん!」
冒険者を助けるために、俺たちのリベンジマッチが始まった。
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