39.いい方法
「貴族!? アンタ、そんなこと一言も言ってなかったじゃん!」
ピシカは、信じられないといった様子で、ブロウを睨みつけた。
その瞳には怒りと困惑の色が入り混じり、耳がピクピクと、獣人特有の激しい感情がこもっていた。
ブロウは、そんなピシカの剣幕に臆することもなく肩をすくめ、
「言えば、お前たちが怖気づくと思ったのでな」
と、悪びれる様子もない。
その薄ら笑いがピシカの怒りに油を注ぐも、
「事実、この話を聞いたお前の反応がそれを物語っているだろう」
その言葉に、ピシカは「うっ……」と言葉を詰まらせ、悔しそうに唇を噛んだ。
「おい」
俺はブロウの肩を掴み、静かに、だが力強く言った。
「お前はどうだか知らんが、こっちは命懸けでやってるんだ。それはエリスを助けるためだけでなく、お前のためでもあるんだ。相手が貴族だろうが関係ない。別にこれっきりでも構わんが、少なくとも、今だけは俺たちのことを信用しろ。いいな」
ブロウは、俺の言葉に何かを感じ取ったのか、一瞬だけ目を細め、小さく「……わかった」と返した。
その声は、いつもより少しだけ感情が込められていた気がした。
「ブロウよー、それじゃあ、何で交換条件に子どもたちの救出を依頼したんだ?」
スットンが、すかさずブロウの真意を探るように尋ねる。
その声には、好奇心と、どこか疑念が混じっているようだ。
ブロウは少しだけ躊躇したあと、ゆっくりと口を開いた。
「……俺はな、元々、孤児だったんだ」
ブロウの言葉は、意外なものだった。
いつも冷徹で、感情をあまり見せない彼の言葉に、俺たちは真剣な表情で聞く。
「クロエはそこの先生でな、ポッケとミィアは俺と同じ孤児なんだ」
ブロウが遠くを見るような目で言うと、ピシカはハッとしたような表情を浮かべた。
すると、ピシカが少し戸惑いながら、
「え、えー……もしかしてなんだけど、あんたはそこを支援してる……とか? そういう話?」
と、微妙そうな顔をして、やや遠慮がちに尋ねた。
ピシカは、これまでのブロウが取っていた態度が、本当の彼ではないのかもしれないと、少しずつ感じているようだ。
「まあ、そうなるな」
ブロウは、あっさりと肯定した。
すると、
「ちょ……もぉー、何で嫌な態度ばっか取ってたの!?」
ピシカは、先程までの怒りはどこへやら、今は拗ねたような表情でブロウを非難する。
ブロウは、そのピシカの言葉に、少しだけ困ったような表情を浮かべ、
「そのほうが、奮起して成功率が上がると思ったんだ。嫌な思いさせて申し訳なかった」
と、ブロウは申し訳なさそうに、深々と頭を下げた。
その素直に謝罪する姿に、ピシカは何とも言えない複雑な表情を浮かべた。
「うぅ~、してやられたわ……」
ピシカは天を仰ぎ、
「はぁ……私も悪かったわ。あんた……ブロウも必死だったんだね」
と、ようやくブロウの真意を理解し、歩み寄った。
そんなピシカの様子を見て、俺は少しだけ微笑み、ブロウに向き直る。
「そういうことなら、初めから言っておくべきだったな。そのほうが、俺たちは奮起しただろう」
俺がブロウにそう言うと、
「次からはそうしよう」
ブロウは、自嘲気味に笑った。
その顔は、心なしか、少しだけ穏やかに見えた。
「いよっし! 仲も良くなったところで、ちゃっちゃっと終わらせようぜ!」
スットンが、明るい声で場を仕切ろうとすると、
「なんでアンタが仕切ってんの」
と、ピシカがすかさず突っ込んだ。
「別に仕切ってないっつーの! んなことより、最後のアジトはどこにあるんだ?」
スットンは、ピシカの言葉を無視して、ブロウに尋ねた。
「最後のアジトは――」
◆◇◆
「あそこだ」
ブロウは、前方にそびえ立つ、ひときわ大きな屋敷を指差した。
「はぁ~……あれで別邸なのかよ?」
スットンは感嘆したようなため息をつき、ブロウに確認する。
ブロウが指差している屋敷は、『紅蓮の華』のボスであるアレルドの別邸であり、そこをアジトとしても利用しているようだ。
これまで見てきたスラム街にあるような建物とは違い、手入れの行き届いた庭園、手入れされた高い壁、そして、豪華な装飾が施された建物は、まさに貴族の屋敷と呼ぶにふさわしいもので、まさか犯罪組織に利用されているとは思えないものだった。
「んじゃあ、さっさと乗り込んでやっつけちまおうぜ! シェイドのスキルで!」
スットンは、まるで自分の手柄のように、楽天的に言った。
ピシカは、そんなスットンに対して、
「あんたねぇ、全部シェイド任せにしてないで、もっと自分が頑張りなさいよ!」
と、小言を言う。
すると、ブロウは少しだけ表情を曇らせ、
「……ここからは、ただ倒せばいいというわけではない」
と、俺たちに忠告するように言う。
「アレルドは貴族だ。例え奴を倒し、捕まってる者たちを救い出したとしても、この国では奴を悪人とすることは難しいかもしれない。それどころか、こっちが貴族殺しの汚名を着せられるかもしれん」
深刻な表情で言うブロウ。
そこには、悔しさ、やり切れなさといったものが滲み出ていた。
「ホント、貴族ってやつは……っ」
ピシカも、やるせない思いを吐き出すように呟いた。
貴族というだけで何をしても許され、平民、しかも亜人と揶揄される種族は、どんなに頑張ってもその壁を打ち破ることは難しいという現実。
まさしく、不条理という言葉がぴったりだった。
「シェイド、何かいい方法はあるか?」
ブロウが、縋るような目で俺に聞いてきた。
いつもは冷静沈着な彼にしては珍しく、必死な表情に見えた。
俺は、ブロウの言葉に少しだけ考え込み、
「……あの屋敷には、『紅蓮の華』の奴ら以外、つまり、善良な一般人はいるのか?」
と、ブロウに問いかけた。
「いたとしても、執事やメイドくらいなもんだろう。だがそれも、間違いなく悪事に加担してる連中だろうな。つまり、全員悪党で間違いない」
その答えを聞いて、俺はニヤリと笑う。
「……それなら、何とかなるかもしれないな」
お読みいただきありがとうございます。
このお話を少しでも良かったと思っていただけたら、
広告の下にある【☆☆☆☆☆】にて応援をお願いします!
また、【ブックマーク】もしていただけると本当に嬉しいです。
執筆活動の励みになるので、何卒よろしくお願いいたします!




