36.アジトへ
「『紅蓮の華』のアジトは、全部で3つある。その1つが、このスラムの先にある建物だ」
淀んだ空気が漂う薄暗い路地を歩きながら、ブロウは淡々と言った。
俺たちは彼の後を追うように、慎重に足を進める。
「そのどこかに、エリスがいるのか?」
「いや、それは俺にもわからない。だが、そのどこかにいるということだけは確実だ」
ブロウは、まるで他人事のようにそっけなく答える。
「しらみつぶしか……」
俺は、小さく呟いた。
3つもあるアジトを、1つずつ潰していくしのは非効率だが、情報屋がわからないというのならどうすることもできない。
不安と焦りが、徐々に俺の心を蝕んでいくのを感じる。
「ところで、何でアンタもついて来てんの?」
ピシカが、振り返ってスットンに問いかけた。
その言葉には、明らかな不信感が込められていた。
「いやー、乗りかかった船ってやつかね。オレっちもここで一旗揚げて、冒険者ランクを上げさせてもらうぜ」
スットンはまるで悪びれる様子もなく、楽天的に答えた。
その態度にピシカは呆れ果て、
「アンタってほんと……ハァ、もういいや……」
と、ため息をついて投げやりになる。
だが、スットンはそんなピシカの様子を気にも留めず、
「へへっ、ま、せいぜいオレっちの足を引っ張るんじゃねーぞ?」
と、不敵な笑みを浮かべた。
「は……はあぁ!?」
そんなスットンに、ピシカの苛立ちがどんどん増しているようだ。
「それで? お前がわざわざついてきている意味は何だ?」
俺は、スットンとピシカのやり取りを遮るように、ブロウに問いかけた。
ブロウは俺たちが依頼を引き受けた後、「移動しながら話そう」と言って、アジトまでの道案内をしていた。
「言っておくが、俺に戦う能力はない。ただ、依頼が達成されるかどうかを、直接この目で確認するためにいるだけだ」
ブロウは、あくまで自分は関係ないというように、我関せずといった態度を取った。
その言葉には、まるで遠くから眺めているだけの第三者のような冷たさだ。
「……やれやれ」
俺はそんなブロウの態度に、小さくため息をついた。
本当に、こいつは信用できるのだろうか。
一抹の不安が、胸をよぎるのだった。
◆◇◆
しばらく歩くと、古びた建物が見えてきた。
壁は剥がれ落ち、窓ガラスは割れ、ブロウのアジトに負けず劣らずな廃墟具合だ。
「あそこがアジトの1つだ。おそらく、どこかのアジトに商品は集められてるだろう。分散させれば、それだけリスクも高くなるからな」
ブロウは、アジトを指差しながら言った。
「ねぇ、その『商品』っていう言い方やめて。エリスや他種族は、あんたら人種のための道具なんかじゃないんだから」
ピシカは、ブロウの言葉に嫌悪感を露わにし、鋭い視線を向けて抗議した。
だが、すぐにハッとした表情を浮かべ、
「ご、ごめん! シェイドは、そんな人じゃないのわかってるから……」
と、慌てて俺の顔を見て謝った。
「気にするな。それより、ブロウ。『紅蓮の華』について、詳しく教えてくれ。敵の情報は少しでも欲しいからな」
俺は、ピシカにヒラヒラと手を振り、ブロウに視線を向けた。
エリスを救出するために、相手の情報はどんなものでも必要だ。
「いいだろう。無様にやられても困るからな」
ブロウは、皮肉交じりにそう言って、肩をすくめた。
「コイツ、なんなのホント。性格悪すぎじゃない?」
ピシカは、ブロウの態度に、苛立ちを隠せない様子で悪態をついた。
だが、当の本人であるブロウは、そんなことなどまるで気にした様子もなく、
「まず、『紅蓮の華』は王都でも最大の犯罪組織だ。この街で起きる犯罪には、大体奴らが絡んでいると言われるほどだ」
と、淡々と『紅蓮の華』の詳細を語りだした。
「そのボスである『アレルド』、この男がすべての悪の根源だ。この王都には元々いくつもの組織があったが、このアレルドがそれらを潰して自分のものにしていったほどに、戦闘能力も高い」
ブロウの語る言葉に、シェイドたちは真剣な表情で聞き入った。
アレルドという男が、どれほどの脅威なのかを理解するために。
「そして側近の『スカーフェイス』と『マッドアイ』、この2人には要注意だ」
「強いのか?」
俺は、ブロウに尋ねた。
「ああ、強い。冒険者ランクでいえば、ゴールド以上、もしかしたらプラチナと同等かもしれん」
ブロウの答えは、予想以上に重かった。
ゴールドランクやプラチナランク、それは並大抵の冒険者がたどり着ける領域ではない。
そんな実力者たちが犯罪組織にいるのかと、俺はなんともいえない気持ちになる。
「スキルはわかるのか?」
俺は、さらに質問を重ねた。
今は、少しでも情報が欲しい。
「アレルドとスカーフェイスのスキルはわからん。だが、マッドアイに関しては、状態異常を引き起こしたりする『デバフリーダー』というスキルらしい」
「デバフリーダーか……わかった、頭に入れておこう」
俺は、ブロウの説明を頭に叩き込み、
「2人とも、準備はいいか?」
と、ピシカとスットンに確認した。
「うん、任せて!」
ピシカが力強く答える。
「おうよ!」
スットンも、余裕のある表情で頷く。
「1人でも逃がせば、そいつは別のアジトに駆け込むだろう。そうしたら、最悪、別の場所へ捕まえた者たちを移すかもしれん」
ブロウは、念を押すように忠告した。
「ああ。もちろん、1人も逃がすつもりはない。今後のためにもな」
俺は、ブロウの言葉に力強く答えた。
こういった手合いは、後のためにも完全に潰しておくべきだ。
ブロウは、俺の言葉に眉をぴくっと反応させ、
「……そうか、ならいい」
と、短く返した。
「よし、行くぞ」
俺は2人に声をかけ、『紅蓮の華』のアジトへと足を踏み出した。
エリスを救い出すために――。
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