32.混乱
「『聖戦』って……いったい、どういうことなんだ?」
俺は降って湧いた『聖戦』というワードについて、ソフィアに説明を求めた。
ソフィアは不安そうな表情を浮かべながら、ゆっくりと話し始めた。
「神聖エクレシア教国は、これまで、種族間の平等を説いてきました。しかし、新教皇となったグレゴリー・ベネディクト教皇はそれを方針転換し、『人種至上主義』というものへと変えたようです。そして教国は、同じ『人種至上主義』を掲げるヴァルハイト王国と同盟を結び、獣人種の国であるフェリスカ王国に対して、『聖戦』を通告したのです」
「グレゴリー・ベネディクト……」
俺は、忘れもしないその名前を呟いた。
その男は、俺の『シャドウマスター』というスキルに制限を掛けたとされる男だ。
あの時の冷たい目、俺はあの男の表情をまだ覚えている。
「そういえば、レック……彼女の弟なんだが、教会に行ったときに邪険にされたと言っていたんだ。もしかして、それも何か関係があるのか?」
俺は以前レックから聞いた話を思い出し、ソフィアに尋ねた。
「はい。お2人には非常にお伝えしにくいのですが……」
ソフィアは、チラリとエリスとピシカを見て言い淀む。
「大丈夫です。言ってください」
エリスは静かに、だが力強く言った。
そして、その言葉に呼応するように、ピシカも真剣な眼差しをソフィアに向けた。
「うん。私もちゃんと知っておきたいから教えて欲しい」
ソフィアは意を決したように深く息を吸い込み、ゆっくりと語り始めた。
「実は……教会は『人種至上主義』へと方針転換し、人種以外へのサポートをやめるどころか、率先して迫害し始めているのです」
「そんな……! ひどいです……」
エリスが、悲痛な声を上げた。
「ここにいる獣人たちが慌ただしくなっているのもそのせいか」
「はい。このポーラス王国も表向きは種族平等を謳っていましたが、その実、種族差別というものは根強くあります。ですから、今回の教国の『聖戦』と『人種至上主義』という宣言を受け、獣人種の皆さんへの風当たりが強まっているそうです」
ソフィアは、悲しそうに言った。
「なにそれ……勝手に私たちのことを差別して、
勝手に差別は悪いだのなんだの説いて、勝手にまた迫害しだして!」
ピシカは怒りを露わにし、拳を握りしめた。
「ピシカ……」
「ピシカさん……」
俺とエリスは、ピシカにかける言葉が見つからなかった。
「俺は、今回の教国の判断を支持するぜ? だってよ、俺ら人種と同じ立場ってのはおかしいだろうよ!」
突然、近くにいた人種の冒険者が、大きな声で話し始めた。
「お前、本気でそんなこと――」
「まあ、コイツの言ってる意味も俺にはわかるぜ。元々この国は人種のためにできた国だ。大昔は獣人は奴隷として扱ってたし、差別をなくすってのもここ数十年の話だろ?」
注意しようとした獣人の男に、別の男が話を遮り、悪意のある笑みを浮かべた。
「いい加減にしろ! お前ら人種はすぐそうやって俺たちを下に見るんだ! 能力で言えば俺たちに劣るくせに!」
獣人の男が怒号を上げる。
「なんだと!? 喧嘩売ってんのか、てめぇ!!」
人種側の男がそれに応戦し、ギルド内は一気に騒然となった。
ソフィアや他のギルド員は、慌てて仲裁に入ろうとするが、人種と獣人種の争いは激化する一方だった。
「やめてください!」
「落ち着いて!」
そんな声も虚しく、冒険者たちの怒号が飛び交う。
そして、その混乱は、俺たちにも飛び火してきた。
人種側の男がよろめいた拍子にピシカにぶつかり、その勢いでピシカは床に倒れそうになったのだ。
「邪魔くせーな! 気をつけやがれッ!」
そして、あろうことかその男は、ピシカに罵声を浴びせてきた。
「はあ!? ぶつかってきたのはアンタでしょ!?」
ピシカが反論すると、その男はピシカを睨みつけ、
「ケモノの分際で、人間に口答えするんじゃねぇ!」
と、怒鳴りつけた。
「おい、やめろ!」
俺は2人の間に割って入ろうとしたが、
「なんだ、お前もケモノの味方かよ!」
と、今度は俺に対して別の男から罵声が飛んできた。
「俺は、ただ争いを止めようと――」
「うるせぇ! どうせお前だって、この雌猫に夜の相手をさせるために飼ってんだろ? 俺たちにも貸してくれよ、なぁ!」
男は俺の言葉を遮り、嘲笑した。
他の冒険者たちも、俺を蔑むような視線を向けてくる。
「……もう一度言ってみろ」
俺は男を睨みつける。
さすがに、越えちゃいけないラインをコイツは越えた。
「あんだと、コラァ!!」
だがその時、ピシカと言い争っていた男が手を振り上げ、彼女を殴ろうとしたのだ。
「――っおい、やめろ!」
俺は慌てて目の前の男を無視してピシカを助けようとすると、
「――静まれぇいッ!!」
ギルド中に響き渡る雷のような一喝に、すべての音が一瞬にして消え去った。
争っていた冒険者たちも、仲裁に入ろうとしていた職員たちも、全員がその場に立ち尽くし、まるで時間が止まったかのように動きを止めた。
そして、声の主を見た冒険者たちが、
「ギ、ギルドマスター……!」
「まさか、ギルドマスター直々に……」
と、口々に呟いた。
「これはいったいどういうつもりだ!!」
ギルドマスターは怒りに満ちた表情で、冒険者たちを睨みつけた。
「あ、あの、マスター……教国が獣人国に対して『聖戦』を宣言したことで、ギルド内でも混乱が――」
ソフィアが、恐る恐る説明しようとしたが、
「こんのッ……大馬鹿者どもがぁッッ!!!」
ギルドマスターはソフィアの言葉を遮り、さらに大きな声で怒鳴りつけた。
「ひぅッ!」
ソフィアは小さく悲鳴をあげ、身体を震わせた。
「いかに教国だろうと、冒険者ギルドは国も神も関係ないわッ!! 貴様ら冒険者は、ただ世のため人のため尽くさんかッ!」
「いやしかし、俺たちは――」
「この件については、これ以上騒ぎを起こすことを禁ずる。ギルドマスター命令だ。逆らうようなら――」
言いかけた冒険者をギロリと睨み、
「――覚悟しておけ」
と、低い声で黙らせた。
ようやく落ち着きを取り戻したギルド内で、俺はホッと息を吐き出し、安堵した。
その時、ふとエリスの姿をこの混乱の中で見てないことに俺は気づく。
「エリス……?」
俺はあたりを見回して小さな声で呟くも、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
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