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31/39

31.すべては……

 神聖エクレシア教国より、勇者となった聖哉とシスターのルシエラは、人種至上主義を掲げる『ヴァルハイト王国』を訪れた。

 謁見の間へと通された2人は、豪奢な装飾が施された広間の中央、1段高い玉座に腰掛けるこの国の王と対面する。


「よくぞ参られた、勇者殿、そしてシスター殿。余はヴァルハイト王国を統べる王、アルベルト・フォン・ヴァルハイトである。まずは、遠路はるばるの来訪、ご苦労であった」


 アルベルトは威厳に満ちた声で2人をねぎらった。

 その声には、王としての威厳と、どこか冷たさを感じるような落ち着きがあった。


 ルシエラは一歩前に進み出て、アルベルトに深々と頭を下げた。


「陛下。この度は、ヴァルハイト王国へご挨拶に来ることができ、大変光栄に存じます。私、ルシエラと申します。そして、こちらにおられる方が、神聖エクレシア教国が召喚いたしました勇者様、セイヤ様です」


 ルシエラは、流れるような美しい所作で、アルベルトに告げた。

 しかし、その流れるような所作の隣で、聖哉は緊張感のない態度で周囲を見回す。


「俺が、白銀聖哉だ」


 その不遜な態度が、謁見の間に集まっている貴族たちの不興を買わないわけがない。


「無礼であろう! 王の御前であるぞ!」


 貴族の1人が声を荒げ、聖哉を非難する。

 他の貴族たちも、聖哉の態度に眉を顰め、彼を非難するような視線を向ける。

 だが、アルベルトはそんな貴族たちの様子を制するように、片手をあげてそれを制した。


「構わぬ。勇者殿はそのような礼節を学んでおらぬのであろう。勇者殿、ルシエラ殿、今回の来訪、心より歓迎する。どうかゆっくりと我が国を堪能してほしい」


「ああ、わかった」


 聖哉がそっけなく答えると、貴族たちは何か言いたそうにしていたが、先ほど王に咎められたこともあって、謁見の間でのやり取りはあっさりと終わったのだった。



 ◆◇◆



「さて、改めて挨拶をしよう。余はヴァルハイト王国王、アルベルト・フォン・ヴァルハイトだ」


「私は、ヴァルハイト王国の宰相を務めます、モーガス・ソルテリッジと申します。以後、お見知りおきを」


 聖哉とルシエラは政務室へと案内され、そこには、アルベルトとヴァルハイト王国の宰相、モーガス・ソルテリッジがいた。

 モーガスはアルベルトの座る椅子の後ろに立ち、細身で知的そうに見えるが、どこか神経質そうな顔立ちをしていた。


「私はルシエラと申します。勇者様であるセイヤ様のお世話係をさせていただいております、シスターです」


 ルシエラは慇懃に頭を下げ、聖哉は「勇者の、白銀聖哉だ」と、先ほどと同じように名乗った。


「先ほども聞いたが、ルシエラ殿は()()()シスターなのかね?」


 アルベルトは、ルシエラのシスターという身分に何か引っかかるものを感じ、真意を聞く。


「はい、()()()。ですが、今回のヴァルハイト王国ご訪問に限り、外交の権限を教皇聖下より賜っております」


 ルシエラは、アルベルトの呟きに反応し、外交権限を持つことを明かした。


「ふむ、わかった。それで、ルシエラ殿は教皇聖下より何を言付かったのかね?」


 アルベルトはルシエラの立場を理解した上で、本題に入るよう促した。


「はい、陛下。神聖エクレシア教国は、ヴァルハイト王国と同じく――『人種至上主義』へと方針転換いたしました」


 ルシエラの言葉に、アルベルトとモーガスは、驚きを隠せない様子で顔を見合わせた。

 エクレシア教は、これまで、種族間の平等を説いてきたはずだった。

 その教えはこの世界では広く知れ渡っており、特に人種至上主義を掲げるヴァルハイト王国とは相容れないものだった。


「ほう……エクレシア教は、種族差別をするなという教えのはずだったが、一体どういう理由で、そうなったのかね?」


「現教皇であられるグレゴリー・ベネディクト様は、元より人種が至上とされないこの世界を嘆いておられました。種族差別をなくすことは、エクレシア教の教えとして聖典に記されているものではありません。あくまで、前教皇様のご判断によるものなのです。グレゴリー教皇様は、本当の世界平和を目指しているのです」


 ルシエラはグレゴリーの思想を代弁し、その正当性を主張した。


「ふむふむ。では、話を戻し、改めて問おう。そなたらが我が国に来訪された本当の意味は何なのだ?」


 アルベルトは、ルシエラの言葉を鵜呑みするわけでもなく、改めて真意を問いただした。


「はい。神聖エクレシア教国はヴァルハイト王国とともに、平和な世界を目指したいと考えております。これまで教会の方針と貴国の考え方が一致しなかったので実現しませんでしたが、これからは今後の両国の関係をより強固なものにしたい所存です」


 ルシエラの言葉は、淀みなく、まるで暗記した台詞を読み上げるかのようだった。


「人種が安心して暮らせる世界をともに――」


「――お待ちください」


 ルシエラが、両国の関係強化を提案しようとしたその時、モーガスが口を挟んだ。


「どうした、モーガス?」


 アルベルトは、モーガスの突然の介入に少し怪訝な表情を浮かべた。


「恐れながら、申し上げます。教国が我らヴァルハイト王国と考えをともにするのは、大変良いことにございましょう。しかしながら、世界の多くは皮肉にもエクレシア教の旧来の教えにより、世界の安寧は種族の共存と考えております。少なくとも表向きは……」


 モーガスの言っていることは、至極当然なものだった。

 世界は広く、本来それぞれが違う価値観を持っているものを、これまで教会の教えによって1つの価値観で染めようとしていたのだ。

 アルベルトは、モーガスの言葉に少しだけ考え込むように腕を組んだ。


「ふむ。モーガスの言うことももっともだ。しかし、此度の来訪は、それを解決するものであると思うのだが、いかがかな?」


 アルベルトは、再びルシエラに問いかけた。


「もちろんでございます、陛下、宰相様」


 ルシエラは、慇懃に頭を下げ、自信に満ちた表情で答えた。


「貴国は長年、隣国である『フェリスカ王国』に悩まされているかと思います」


 ルシエラは、ヴァルハイト王国とフェリスカ王国の関係に言及した。

 フェリスカ王国は獣人種が建国した国であり、ヴァルハイト王国とはまさに水と油のような関係であった。

 アルベルトとモーガスは、その言葉に頷き、表情を引き締める。


「教国はこの度の来訪に際して、フェリスカ王国を敵国と認定し、『聖戦』として貴国の後ろ盾となることを決定いたしました」


 その言葉に、アルベルトとモーガスは目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。


「それはつまり、教国が我が国を手助けしてくれると?」


 アルベルトは信じられないといった様子で、ルシエラに確認を求めた。


「はい。教国は勇者様のお力をヴァルハイト王国にお貸しすることをお約束いたします」


 その言葉と同時に、ルシエラの横に座っていた聖哉は、


「え? 俺?」


 今まで蚊帳の外だった話に自分の名前が上がり、聖哉は初めて反応した。


「おお……それは、心強い!」


「ありがとうございます。これで長年の宿敵を滅ぼすことができるでしょう」


 ルシエラはそんな2人の興奮をよそに、


「セイヤ様。あなたは神聖エクレシア教国が選んだ勇者。人類の希望であり、光です。ヴァルハイト王国の人々を、悪しき隣国から救うため、どうかお力をお貸しください」


 と、ルシエラは聖哉に期待を込めた眼差しを向けると、


「……まあ、そういうことなら、仕方ないか」


 聖哉はまんざらでもない様子で了承した。


 ルシエラはそんな聖哉の態度を見て、内心で安堵の息をついた。

 これで、今回の任務は成功へと導けるだろうと。

 そして、彼女は誰にも聞こえない声で呟いた。


「……すべては、教皇様のために」と。

お読みいただきありがとうございます。


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