24.『黄金果』
「『黄金果』……? 何だそれ?」
俺は聞き慣れない言葉に、思わずライスに聞き返した。
ライスは「おっ、食いついたな」とニヤリと笑みを浮かべ、
「さっきも言ったが、誰も達成できていない依頼の対象物だよ」
「シェイド、私も『黄金果』は聞いたことあるよ!」
と、ピシカが話に割り込んできた。
「ほう、そうなのか。さすが獣人種、情報通だな」
「えへへ、まあね。確か、どんな病気も治せるっていう、万能薬の材料……だったと思う」
「そうね。その『万能薬』ってのは、『エリクサー』のことよ」
ピシカの言葉に、アリーナが補足説明をする。
「なるほど、『エリクサー』か。もちろん、聞いたことはあるが、実際に見たことはないな」
「まあ、普通そうね。希少な材料を使って作るから、高価なのはもちろん、なかなか出回るものじゃないの。そして、その『エリクサー』の材料こそが『黄金果』ってわけ」
「それがこの近くにあるのか?」
「ええ。アンハレの街の近くに、険しい切り立った崖があってね。その途中に『黄金果』はあると言われてるわ」
「崖か……なるほどな」
俺はアリーナの説明を聞き、誰も依頼を達成できてないことに納得する。
「誰か取りに行こうとした方はいないんですか?」
エリスが尋ねる。
「その崖ってのは、手をかけて登れるような岩肌でもない。これまで、何人もの冒険者が挑んだけど、誰1人として採取できたものはいないな。つまり、全員落ちて死んだ、ということだ」
カルメロの言葉に、エリスとピシカが目を輝かせた。
「シェイドさんならできるかもしれませんね!」
「そうだよ! シェイドなら、きっと『黄金果』を採れるよ! ね、やってみようよ!」
2人に唆されて俺は少しだけその気になり、考えてみる。
『シャドウ』を使えば……。
「……まあ、ものは試しだ。やってみるか」
「言ったわね? 後でやっぱりやめるとか、ナシだからね?」
「ああ、約束するよ」
こうして、俺たちは『黄金果』採取に挑戦することになった。
「――そういえばシェイド、お前マークと何かあったのか?」
ライスが、急に話題を変えてきた。
「……どうしてそう思うんだ?」
俺は、少しだけ警戒しながら聞き返した。
「いや、深い意味はないんだがな……お前とマークが何か揉めてるのを、こいつが見たって言ってたからな」
ライスは顎でテルンを差した。
テルンは少しだけ気まずそうに視線を逸らす。
「別に隠すほどのことでもないが……」
俺は、マークとのこれまでをかいつまんで話した。
幼馴染みだったこと、スキルを得てから関係性が悪化したこと、そして王都で決闘したこと。
「そうだったのか。まあ、確かにいい噂は聞かないな。というか、恐らく街で起こる犯罪にも絡んでいると俺は踏んでいる。こんな話、お前には悪いがな」
ライスは、少しだけ申し訳なさそうに言った。
「いや、気を遣わないでくれ。それに、あいつがそういった事をしてるというのなら、いつか報いを受けるさ」
俺は、マークを突き放すように言った。
「ま、なるようになるさ」
ライスはそう言って、酒を煽った。
食事を終えて店を出ると、『疾風の狩人』の面々と別れ、俺たちはアンハレの冒険者ギルドへと向かった。
「さて、まずはさっき聞いた依頼の確認だな」
俺は、ギルドの掲示板に貼られた依頼書に目を通す。
様々な依頼が並ぶ中、一際目立つ『黄金果』採取の依頼書を見つけた。
「あったぞ。『黄金果』採取の依頼は、まだ残ってるみたいだな」
「本当ですね。シェイドさん、早速受け付けに行きましょう!」
「ああ」
俺たちは、受付カウンターへと行き、依頼書を差し出す。
「いらっしゃいませ。拠点登録はお済みですか?」
受付にいた若い男は、俺たちを見てそう尋ねた。
「いや、まだだ。俺はシェイド、ブロンズランクの冒険だ」
「シェイド様、いらっしゃいませ。私は受付のルークと申します。本日は拠点登録とこちらの依頼を?」
ルークは、丁寧な口調で俺に尋ねた。
「ああ、そうだ。彼女たちも一緒にお願いしたい」
俺は、後ろにいるエリスとピシカを紹介しながら言った。
「彼女たちと『黄金果』採取をですか……」
ルークは依頼書に目を通し、何か言おうとこちらを……いや、正確には俺の後ろを見て、態度を一変させた。
「……冒険者ランクが低いようですが、本当にあなたたちに達成できるんですか? うーん、ハーフエルフと獣人に、この依頼は難易度が高いと思いますが……」
ルークは、明らかにエリスとピシカを馬鹿にしたような口調で言った。
「確かにランクは低いかもしれないが、種族は関係ないだろ。それに、この依頼には制限もないんだ。俺たちが受けると言ってるんだから受注処理をしてくれ」
俺はルークの態度に苛立ちを覚え、語気を強めた。
「はぁ、しかしですね、この依頼は非常に危険を伴います。現に、これまで何人もの冒険者が挑戦してきましたが、誰1人として成功していないのです。こちらとしても、簡単に死なれては困るんです。それを、ブロンズランクとアイアンランク、ましてや、その……」
「……その、なに?」
ピシカが、ルークの言葉を遮って尋ねた。
「いえ……要するに、ハーフエルフと獣人では、というのが私の考えです」
「……差別、ですか?」
エリスが、小さな声で言った。
その言葉に、ルークは「差別というより、区別とでもいいましょうか」とあくまで正当化しようとした。
俺は、これ以上2人に嫌な思いをさせたくないと思い、
「もういい、この依頼は諦める」
と、話を切り上げようとした。
だが――、
「嫌です」
「諦めないよ」
エリスとピシカは、揃って首を横に振った。
「いや、しかしだな……」
「私はこの依頼、全員でやりたいです。折れたくないです」
「そうだよ。それに、こんな扱いに屈したくないからね!」
2人の言葉に、俺は驚いた。
まさか、こんなに正面切って言い返せるようになるなんて……。
特にターリスでのエリスを知ってる俺からすると、今の彼女の言動は、とても強くなったと思えた。
「……そうだな。悪いが、やはり俺たちは、この依頼を受ける」
俺は、ルークに改めて依頼を受ける意思を伝えた。
ルークは苛立ちを隠そうともせず、依頼書をバンバン叩く。
「ですからっ! いったい何度言えばわかる――」
「――おいおい、ギルドってのは種族関係なく平等なんじゃなかったかぁ?」
背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
俺は驚いて振り返ると、そこには『疾風の狩人』のメンバーが立っていた。
「いよっ、さっきぶり」
ライスが、ひらひらと片手を上げながら言った。
「なっ……!? 『疾風の狩人』!? ど、どうしてここに……!?」
ルークは、『疾風の狩人』の登場に、明らかに動揺していた。
「なんだ、お前。俺たちのこと知ってるのか?」
「も、もちろん存じ上げております! あの『疾風の狩人』といえば、王都でも有名ですから!」
ルークは慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。
「あそ。で、何やら揉めてるみたいだったが、どういうことだ?」
ライスは、ルークを睨みつけながら言った。
「い、いえ、その……こちらは、『黄金果』採取の依頼を受けたいとのことだったのですが、まだ冒険者ランクも低く、その……ハーフエルフと獣人ということで、本当に達成できるのかどうか……」
ルークは、しどろもどろになりながら答えた。
「だってよ、テルン」
「ふーん、獣人だと何か悪いのかなぁ? 教えてほしいなぁ」
「あ、いえ、そのっ――」
ルークはさっきまでの興奮はどこへやら、顔が青ざめていく。
「ハッ! そんなことで、依頼を受けるかどうか決めてたってのか?」
カルメロが、呆れたように言った。
「私たち護衛依頼で一緒だったけど、実力は間違いなくあるわよ?」
アリーナも続けて援護してくれる。
「で、ですが……」
「わからんやつだな。俺たち『疾風の狩人』が、彼らの実力を保証すると言ってるんだ。それともなんだ? ゴールドランクである俺たちの言葉が信じられない、とでも言うのか?」
ライスがこれでもかというほど、ルークを睨みつけながら言った。
「メッソウモゴザイマセン……」
「だったらさっさと、依頼を受注させろ」
カルメロの言葉に、ルークは慌てて頷き、
「た、ただいま手続きを……!」
と、手続きを始めた。
「まったく、しょうがねぇな」
「悪かったな。恩に着るよ」
呆れたようにため息をつくライスに、俺は苦笑いでお礼を言った。
「気にすんな。それより、シェイド。『黄金果』、本当に採取できるのか?」
「さあな。でも、やってみる価値はあるさ」
「だろうな。シェイドたちの実力は、あれだけじゃないだろうしな。きっと、『黄金果』を持って帰ってくると期待してるぜ」
ライスは、そう言って俺の肩を叩いた。
「ああ、任せておけ」
俺は、力強く頷いた。
「手続き、終わりました……」
ルークが、小さな声で言った。
俺は、プレートを受け取り、
「よし、それじゃあ行ってくる」
「ああ、幸運を祈ってるぜ」
俺は『疾風の狩人』の面々に別れを告げ、エリスとピシカとともに出発するのだった。
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