22.護衛依頼
すみません、順番を間違えました。
こちらが先になります。
ギルドを出て、アジトへ向かうマークは苛立ちを隠せずにいた。
シェイドとの決闘、完敗だった。
実力差は歴然で、『敗北』という2文字が鉛のように彼の心にのしかかっていた。
「ちくしょう……! まさか、あんな奴に……!」
歯を食いしばり、唇から血が滲む。
マスタークラスのくせに役立たずだと嘲笑っていたシェイド。
あの頃の面影はなく、圧倒的な力の前に、マークのプライドは粉々に打ち砕かれた。
「くそっ、せっかくの計画が台無しだぜ……」
ボンゴが不満を吐き出す。
自分好みの女を好きにできると思っていたボンゴにとって、シェイドへの敗北は彼女たちを手に入れる計画の頓挫を意味していた。
「チッ……うるせぇな」
マークはボンゴを一瞥し、冷たく言い放つ。
今の彼には、ボンゴの計画など取るに足らない些事に過ぎなかった。
その時、路地裏の暗がりから、1人の男が現れる。
『紅蓮の華』の幹部、スカーフェイスだ。
顔の傷跡が、薄暗い中で異様な存在感を放っている。
「よう、負け犬くん。いい戦いっぷりだったじゃねぇか」
スカーフェイスはニヤリとマークを嘲笑った。
マークは、その挑発的な態度に怒りを爆発させ、
「テメェ、何しに来たんだ……!?」
と低い声で問いかける。
スカーフェイスはマークの怒りを無視し、
「ボスが呼んでるぜ。今すぐだ」
とだけ告げる。
まるで虫けらを見るようなその態度に、マークはさらに苛立った。
「ボスが? 一体何の用だ……?」
「知らねぇよ。俺は言われたことを伝えただけだ。さっさと行くぞ、ボスを待たせるな」
と冷たく言い放ち、踵を返す。
マークはスカーフェイスの無礼な態度に舌打ちし、
「ちくしょう……あいつまで……!」
と毒づくが、男は無視して去っていった。
一体何の用事で呼び出されたのか。
どうせろくなことではないと、不吉な予感がマークの胸をよぎった。
◆◇◆
街外れにあるスラム、そこに『紅蓮の華』のアジトがあった。
扉を開けると、薄暗く埃っぽい空間にはカビ臭さと血の匂いが混じり合い、息苦しい空気が漂っている。
そして、その中央にはいかつい男が椅子に座り、葉巻を燻らせていた。
その鋭い視線が、マークを射抜く。
男の名前は『アレルド』、裏の世界で最も恐れられている凶悪な人物で、『紅蓮の華』を仕切っている。
「呼び出した用件は何だ?」
そんな男に臆することなく、マークは単刀直入に尋ねた。
「お前に任せたい仕事がある」
低い声は、まるで獣の唸り声のようだった。
その言葉に、マークは嫌な予感が的中したことを悟った。
「もったいつけんなよ。俺に何をやらせたいんだ? 早く言え!」
そんなマークの態度に、アレルドの周りにいた屈強な男たちが一斉にマークを睨みつけた。
「おい、ボスに対してその態度はなんだ!」
と、1人が声を荒げるも、アレルドは片手を上げて男たちを制し、
「いい。マーク、新しい稼ぎを見つけてなぁ。お前には人種以外の……イイ女を見繕ってきて欲しいんだ」
と、説明した。
マークは眉を顰め、
「イイ女だ? 俺には人種以外なんて全部同じに見えるからよ、他のやつに頼んじゃくれねぇか?」
と、断った。
マークの反抗的な態度に側近の男たちは、
「生意気言うんじゃねぇ! マーク!」
「ボスに逆らうつもりか!?」
口々に罵声を浴びせ、怒りをあらわにした。
アレルドは再び男たちを静め、
「いや、お前にはちょうどいい知り合いがいるじゃねぇか」
意味深な笑みを浮かべた。
マークが「知り合いだと?」と聞き返す。
「ハーフエルフと獣人……なかなかイイ女らしいじゃねぇか?」
アレルドは「俺は情報通だからな」と、ニヤリと笑った。
マークは、アレルドがシェイドの仲間のことを既に知っていることに驚きを隠せない。
「……なあ、俺にもあんたの考えを教えちゃくれねぇか? 何を企んでるんだ?」
マークは平静を装い尋ねる。
だがアレルドは、
「その女どもを連れてきたら教えてやるよ」
と、素っ気なく返した。
マークは舌打ちし、「ちっ……わかった」と渋々承諾した。
他に選択肢はなかった。
「失敗されても困るからな、今回は特別にうちからも少し手を貸してやろう。また、あの男……シェイドとかいう野郎にやられたくないだろ?」
アレルドはマークのプライドを刺激する言葉を投げかける。
「くっ……うるせぇ! あれはたまたまだ!」
痛いところを突かれたマークは激昂した。
シェイドの顔が脳裏に浮かび、怒りがこみ上げてくる。
ボスは愉快そうに笑いながら「ははは! 計画が決まったら連絡しろ。精鋭を送ってやる」
「……勝手にしろ!」
愉快に笑うアレルドに、マークは吐き捨てるように言い放ち、部屋を出ていった。
アレルドはマークの後ろ姿を見送り、
「こいつは、いぃ〜い稼ぎになるぜぇ……」
と呟き、不気味な笑みを浮かべた。
◆◇◆
俺はギルドの掲示板を眺めていた。
掲示板一面にびっしりと貼られた依頼書には、色々な依頼があるけど、ピンとくるものがない。
何かいい依頼はないもんかと眺めていると、
「ねぇ、シェイド。あれなんてどう?」
ピシカが指差す先には、護衛任務の依頼書が貼ってあった。
「王都から、そう遠くない街への商隊護衛か……。行きだけでいいってのが魅力的だな。帰りは別行動でいいみたいだから気も楽だし」
俺は依頼書の内容を吟味する。
護衛依頼は、長期間拘束されることが多い。
しかし、この依頼は片道だけで良いらしい。
東方の国を目指す俺たちにとっては、願ってもない条件だし、報酬も悪くない。
「エリス、ピシカ。どう思う?」
俺は2人の顔色を窺う。
「護衛依頼ですか。正直、まだ戦闘経験は少ないので不安ですが……シェイドさんとピシカさんと一緒なら、きっと大丈夫ですよね!」
エリスは、少し心配そうに眉をひそめるが、すぐに決意を固めたように頷いた。
「私も賛成! 報酬も悪くないし、ちょうどいい距離じゃない?」
ピシカは、いつものように楽観的な様子で笑った。
「決まりだな」
俺は二人の返事に頷き、受付カウンターへと向かう。
「いらっしゃいませ。こちらの冒険者ギルドのご利用は初めてでしょうか? 私は『ソフィア』と申します。よろしければ、冒険者様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
受付嬢のソフィアが、にこやかな笑顔で俺たちを迎える。
「ああ、俺はシェイドだ。彼女たちはエリスとピシカだ」
「シェイド様、エリス様、ピシカ様。本日はご来訪ありがとうございます。以後、お見知りおきください」
ソフィアは丁寧な口調で自己紹介をし、エリスとピシカもそれぞれ挨拶を交わす。
「ああ、よろしく頼む。それで、拠点登録とこの護衛任務を受けたいんだが」
俺は依頼書をソフィアに手渡す。
「かしこまりました。この依頼は、2組のパーティーで担当していただくことになっております。すでにもう1組のパーティーは決まっておりますが、よろしいでしょうか?」
「おっと、そうだったのか。俺はいいが……」
俺はエリスとピシカに目配せする。
2人とも頷いたので、
「ああ、すまん。それで頼む」
「はい、少々お待ちください」
ソフィアは慣れた手つきで依頼書に目を通し、手続きを進めていく。
「これで受注完了です。出発は明日の朝になりますので、それまでにご準備をお願いいたします。何かご不明な点等ございましたら、お気軽にお申し付けください」
「ああ、助かる。ありがとう」
俺はソフィアに礼を言い、カウンターを後にする。
「それじゃあ、明日の準備でもするか」
俺は2人に声をかけた。
「そうですね。装備の確認と、食料の買い出しもしなくちゃ」
エリスは、真面目な顔で頷く。
「王都だし、他にはない美味しそうなものもあるかも!」
ピシカは、目を輝かせて言った。
「ああ、そうだな。王都の市場も行ってみたいしな。今日はじっくり見て回るか」
俺は2人の言葉に頷き、ギルドを後にした。
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