17.ハンマーフィッシュ
「へぇ、ピシカは『ビーストスキル』なのか」
俺は、王都へ向かう道すがら、ピシカのスキルについて教えてもらっていた。
「うん。といっても、クラスなしだから大したものは使えないし、効果も低いんだけどね。それでも、獣人種にとっては1番憧れるスキルなんだ」
ピシカは、少しだけ誇らしげに胸を張った。
どうやら、獣人種にとって『ビーストスキル』は特別なスキルのようだ。
「獣人種の方はどのようにしてスキルを授かるんですか?」
エリスが、興味深そうにピシカに質問する。
「私たちは特に何もしないよ。ただ、目覚めるだけ。人種は教会で授かるんだよね? エリスはどうやって授かったの?」
ピシカが聞き返すと、エリスは少しだけ顔を曇らせ、
「私は……いえ、私もピシカさんと同じような|感じです」
と、小さな声で答えた。
「ふーん」
ピシカは何か言いたげに口を尖らせていた。
その時、
「おっ! あそこに村があるぞ。今日は野宿しなくてすむかもしれん」
俺は、遠くに見える村を指さして声を上げた。
トリントから王都までは5日ほどかかる道のりで、この3日間は近くに村もなかったため、ずっと野宿を続けていたのだ。
さすがに疲れてきたところだったので、あそこで休ませてもらえれば非常に助かる。
「ホントだ! よかったぁ! 野宿はもう飽き飽きだよぉ」
ピシカも俺と同じように喜びをあらわにし、エリスもほっとしたように笑顔を見せた。
俺たちは行き先を村へと変更し、再び歩を進めだした。
◆◇◆
村の入り口には門番が立っており、俺たちはそこで宿屋について尋ねた。
「宿屋か? すまないが、この村には宿屋はないんだ。もし泊まるところを探しているなら、村長の家に行って話してみろ。あそこの大きな家だ」
門番は村長の家の方向を指さした。
俺たちは礼を言って、門番に教えられた家へと向かった。
「こんにちは」
俺は扉を数回ノックし、中へ呼びかけた。
しばらくすると、中から人の良さそうなおじいさんが出てきた。
「おう、なんだね? 君たちは……」
村長は、少しだけ驚いた様子で俺たちを見つめた。
「俺たちは旅の冒険者です。トリントから王都へ向かっている途中なんですが、今晩、この村に泊めていただけないでしょうか?」
俺は丁寧に頭を下げて頼んだ。
すると、村長は少しだけ考え込んだ後、
「ふむ、冒険者か……。君たちのランクは?」
「俺はシェイド、ブロンズランクの冒険者です。この子はエリス、アイアンランクで、そしてピシカは――」
「ランクはシェイドと同じブロンズだよ」
「ブロンズにアイアンか……。そして、ハーフエルフに獣人種……なるほど、君たちはターリスからトリントを経由して来たのかね?」
村長は、エリスとピシカの姿を見て、何かを察したように呟いた。
俺は村長の言葉に少しだけ驚いた。
トリントから王都へと伝えたのだが、まさかターリスから来たことがわかるとは。
「よくわかりましたね」
「ああ、この村にはターリスから王都へ向かう人種以外の種族が、たまに寄ってくるんだ。ターリスの街のことは、彼らからよく聞いている。村の者全員というわけでもないが、この村は比較的当たりがいいほうでな。ここで一晩明かしていく者も多い」
村長は、そう言って優しく微笑んだ。
「当たりがいい」というのは、人当たりということで、人種以外への差別意識が少ないということだろう。
全員ではないようだが。
それでも、俺はこの村ならゆっくり休めるだろうと思えた。
「それで、今晩泊めてもらうことは可能でしょうか?」
「ああ、構わない。私の家に泊めてやろう。ただし、1つ頼みがある」
「頼み、ですか?」
俺は、少しだけ警戒しながら聞き返した。
「ああ。実は、この村は川を挟んで反対側にも家があるんだ。隣に行くには橋を渡らなければならないんだが、数日前に嵐とともに川上から流れてきた『ハンマーフィッシュ』によって、橋が壊されてしまった。知ってるかもしれんが、あのハンマーのように硬く大きい頭で体当たりされるとひとたまりもなくてな……運の悪いことに、そのハンマーフィッシュがまだこの川におるせいで、橋を架けようにも架けることができないでいるんだ」
村長は、困ったように肩をすくめた。
「なるほど……王都の冒険者ギルドへは?」
「もちろんそれも考えたがな、王都の冒険者ギルドへ依頼しようにも、報酬が高価すぎることと、忙しすぎてなかなか対応してもらえなくてな、ほとほと困り果てていたんだ」
「それで、俺たちにハンマーフィッシュを退治して欲しい、と」
「ああ、頼む。報酬は少ないが、食事と寝床は提供しよう。それに、ハンマーフィッシュは美味だそうだ」
「ふむ……。エリス、ピシカ。受けようと思うんだが、どう思う?」
俺は振り返って確認を取ると、
「はい、問題ありません」
「ちゃちゃっとやっつけちゃって、今日の食事は魚だね!」
2人はやる気満々といった感じだ。
「その依頼、引き受けます。やってみましょう」
「おお、ありがたい!」
村長は、笑顔で俺たちを家に招き入れるのだった。
◆◇◆
俺たちはさっそく村人たちに手伝ってもらい、ハンマーフィッシュ退治を始めることにした。
橋の修理を行ってると襲ってくるそうなので、事情を話し、村人たちには修理をしててもらう。
村人たちは、慣れた手つきで木材を運び、組み立てていく。
俺たちは、その間ハンマーフィッシュの襲撃に備えて警戒にあたった。
「『シャドウ』、何か見かけたらすぐに教えてくれ」
俺は『シャドウ』を2つに分け、橋を挟んで上流と下流で警戒させた。
「こういった敵を察知するのは私に任せて! ――《エンハンス:イヤーズ》」
ピシカがそう言って『ビーストスキル』を発動すると、耳が淡い光に包まれて消えた。
どうやら聴力を強化するものらしい。
この川の音が大きい中、聞き分けることなんてできるのか?
「……! シェイド!」
自分の耳に手を当て、目を閉じて耳を澄ませていたピシカが、何かを聞き取った。
「きたか!?」
「うん! 川下から上ってくるよ! しかも、1匹じゃない!!」
ピシカが、緊迫した声で言った。
「わかった! ――みんな、一旦退避しろ!」
俺は、すぐに村人たちに指示を出した。
村人たちは、慌てて作業の手を止め、安全な場所へと避難した。
俺は、『シャドウ』を呼び戻し、ハンマーフィッシュの出現に備える。
しばらくすると、川面が大きく波立ち、ハンマーフィッシュが姿を現した。
「……数匹じゃないのか」
もはや川の中には、数え切れないほどの魚影が見える。
どれも巨大で、ハンマーのような頭部が不気味に輝いている。
ハンマーフィッシュは、一斉に跳ねると、俺たちに向かって突進してきた。
「さあ、やるぞ!」
俺は影で創った《シャドウブレード》を手に持ち、2人に合図し、ハンマーフィッシュの迎撃に備えた。
◆◇◆
「――《シャドウネット》!」
俺は、影から巨大な網を作り出し、ハンマーフィッシュを捕らえる。
「グギギギ……!!」
ハンマーフィッシュは、網に絡め取られながらも、暴れまわって抵抗する。
だが、『シャドウ』が作り出した網は、見た目以上に丈夫で、ハンマーフィッシュの力では破ることができない。
まさに、一網打尽だ。
「――《ストーンバレット》!」
エリスは、土魔法で石つぶてを放つ。
「ギィッ!?」
石つぶてが命中すると、ハンマーフィッシュは動きを止めた。
「――《エンハンス:フィジカル》!」
ピシカは、身体能力を強化するスキルを発動させ、さらに飛び掛かってくるハンマーフィッシュを徒手空拳で殴り倒す。
次々と捕獲していき、川岸には山のようにハンマーフィッシュが積み上げられていく。
こうして、俺たちは協力してすべてのハンマーフィッシュを捕獲することに成功した。
◆◇◆
「本当に助かったよ! ハンマーフィッシュだけでなく、橋を直すのも手伝ってもらって……君たちのおかげで、ようやくあっち側へ行くことができる!」
ハンマーフィッシュを倒した後、俺は『シャドウ』を使い、ピシカは身体強化をした状態で橋を直す手伝いをした。
細かいことはできないので、主に資材運びだったが、これが大変村人に喜ばれたのだ。
「ありがとう、助かった。この恩は今日、明日の食事でお礼をさせてくれ。少なくて申し訳ないが」
村長は、満面の笑みで俺たちに感謝の言葉を述べた。
「いえいえ、これくらいお安い御用です。それに初めからそういうお約束ですしね」
「そう言ってもらえると助かる」
「ああ、あとよかったらこのハンマーフィッシュもあげますよ。村の人で分けてください」
「なんと! かたじけない!」
「おお! ご馳走だ!」
「ありがとうございます!」
村長や村人は嬉しそうにし、深々と頭を下げた。
《シャドウボックス》があるから全部入れることも出来ただろうが、エリスとピシカと話してそう決めた。
そのほうがいいだろうしな。
その夜、川向こうの村からも酒が届けられ、結局宴会のようになってしまった。
ハンマーフィッシュを使った料理に舌鼓を打った後はゆっくり寝床で休み、翌日俺たちは村を後にした。
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