15.大切な約束
「どうしてここに?」
俺は思わずそう口に出した。
まさかこんな場所で、ターリスの森で出会ったピシカに再会するなんて、想像もしていなかった。
ピシカも驚いた顔で、
「あれ? 2人こそ、なんで私の家に?」
と、翡翠色の瞳を大きく見開いて聞き返してきた。
「私の家? ここが?」
ピシカの言葉に俺がさらに聞き返すと、
「ピシカねぇちゃん!? 帰ってたの!?」
「おねえちゃん!!」
家の中からレックとチコが勢いよく飛び出してきた。
ピシカの顔を見た瞬間、レックとチコの顔は驚きから喜びへと変わり、嬉しそうに駆け寄った。
「レック! チコ! ただいま!」
ピシカはレックとチコを力強く抱きしめ、再会を喜んでいた。
彼女の表情は、これまでの不安や緊張が解き放たれたような、安堵感に満ち溢れていた。
どうやら、ピシカはこの2人の姉のようだが、俺とエリスは状況が飲み込めず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「ピシカ、おかえりなさい」
「ただいま、お母さん!」
「立ち話もなんだから中に入りなさい。シェイドさん、エリスさん、よろしければもう1度お上がりくださいな」
マオは笑顔で、俺たちを再度家の中に招き入れてくれた。
俺たちは促されるままに家の中に入り、テーブルについた。
先ほどまで家にいた面子にピシカが加わり、久し振りに再会した家族の会話を交わしていた。
それは、他愛もないものでありながら、深い愛情を感じられる温かい時間だった。
俺とエリスは、そんな彼女たちの様子を少し離れた場所から眺め、エリスは静かに微笑んでいた。
しばらくして、ピシカが俺たちのほうへと近づいてきた。
「シェイド、エリス。本当に驚いたよ。まさか、こんなところで再会するなんて」
ピシカは、明るい笑顔でそう言った。
俺も頬を綻ばせ、
「ああ、俺たちも驚いたよ。冒険者は少し休憩して故郷に帰ってきたのか?」
と尋ねた。
ピシカは少しだけ表情を曇らせ、語り始めた。
「シェイドとエリスに助けられあと、ターリスで冒険者活動を再開させていたんだけど……」
ピシカは、俺たちがターリスから離れたあとのことを語りだした。
元パーティーメンバーであるゲインたちの仲間であるディン、俺たちが街を出るきっかけにもなった絡んできた奴らだ。
どうやらそいつらは、『シャドウ』にボコボコにされたあと、今度はピシカに目をつけたそうだ。
元々、ディンたちはピシカがゲインたちパーティーメンバーを裏切って、サイクロプスの手柄を横取りにしたと言っていたしな。
それに、ディンもゲインたちと同じように差別主義者なので、ピシカを獣人というだけで見下していたようだ。
そういったこともあって、ピシカに嫌がらせをするようになったらしい。
いや、嫌がらせだけならまだしも、ある時ピシカが狩りをしていると、そのすぐ真横を弓矢が通り過ぎ獲物を横取りされたそうだ。
さすがに身の危険を感じたピシカは、ターリスから逃げ出す決意を固め、夜中にこっそりと街を抜け出したのだ。
「……それで、トリントへ向かう途中で、故郷の村に寄ったんだ。そしたら、シェイドとエリスがいるんだもん。本当にびっくりしたよ!」
ピシカは、そう言って明るく笑った。
俺は、ピシカの話を聞いて、胸が締め付けられるような思いがした。
まさか、彼女がこんな辛い経験をしていたとは……。
こうならないように、あの時しっかりと対応しておくべきだったかと、俺は申し訳ない気持ちになった。
「ところで、シェイドとエリスはなんでここに?」
ピシカが尋ねてきた。
俺は、ターリスを出てからの出来事を詳細に話し始めた。
差別のない東方の国へ向かっていること、トリントに一時的に滞在して依頼をこなしていること、そして今回のゴースト退治のこと。
ピシカは、俺たちの話を真剣な表情で聞いていた。
そして、エリスがゴーストを《ピュリフィケーション》で倒したと聞いた時、なぜか彼女は一瞬だけ「え……?」と小さく反応していた。
「どうかしたか?」
俺が不思議に思って尋ねると、
「あ、ううんっ、なんでも!」
と、ピシカは少し慌てた様子で手を振った。
俺は、「何か気になることあったか?」と思ったが、深くは追求しなかった。
「――さて、俺たちはそろそろ街に戻るよ。ずいぶん長居しちゃったしな」
「そうですね。お料理、とてもおいしかったです」
俺とエリスがそう言うと、ピシカは真剣な表情になり、
「私も連れてって欲しい」
と言った。
俺は少し驚いたが、ピシカの強い視線に押されるように、
「俺たちは構わないけど……久し振りに会ったんだし、もっとゆっくりしなくていいのか?」
と尋ねた。
ピシカはちらりと家族3人を見てから、
「私も東方の国へ連れてって欲しいの」
と、強い意志のこもった声で言った。
俺は、ピシカの言葉に驚きを隠せなかった。
てっきりトリントの街までかと思ったが、まさか東方の国とは。
差別のない国があるらしいという、あくまで噂程度の話だし、わざわざ家族から離れなくてもと、俺には思えてしまう。
俺がその理由を聞こうとすると、
「――差別のない国、本当にあるならみんなでそこに移住したいの」
ピシカはゆっけり話し始めた。
「もちろん、噂は噂でそんなものはないかもしれないけど……もしあるのなら家族みんな――ううん、村のみんなも一緒に行きたいの。でも、いきなりみんなで移動なんて無理だから、まずは私がシェイドたちと一緒に見てみたいの」
ああ、なるほど。
あるかどうかもわからないのに、全員で動くのも効率悪いしな。
それに、危険もあるだろう。
彼女は率先してその役目を負う、ということか。
俺はピシカの気持ちを察し、
「わかった。エリスはどうだ?」
「もちろん、一緒に行きましょう!」
と、エリスは満面の笑みで歓迎した。
「ありがとう、シェイド! エリス! ――お母さん、レック、チコ……私、行ってくるね!」
ピシカは3人にそう言うと、
「いってらっしゃい。気をつけて行くのよ。無理はしないようにね」
「ねぇちゃん……いつか俺も冒険者になるから、そしたら一緒に冒険しようぜ!」
マオは優しく微笑み、レックは寂しさをこらえながら力強く、ピシカの後押しをする。
だが、チコだけは下を向いて黙っている。
「チコ」
そんな妹の名前をピシカは優しく呼んだ。
「お姉ちゃん、必ず迎えに来るからね。きっっと、みんなが幸せに暮らせるところがあるから! だから、それまで元気に待っててね」
「……うん、わかった! 絶対だよっ、約束!」
「うん、約束!」
ピシカは、しっかりとチコを抱きしめ、大切な約束を交わした。
その後、俺たちは一足先にトリントの街へ戻ることにし、ピシカは実家で1泊し、翌日合流することとなった。
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