13.ゴースト
ギルドの中は、今日も冒険者たちで賑わっている。
依頼達成の報告をする者、新たな依頼を探す者、酒場から聞こえてくる楽しげな笑い声。
いつもの活気に満ちた光景が広がっていた。
そんな中――、
「だから本当に見たって言ってるだろ!」
隣の受付から、ひときわ大きな声が聞こえてきた。
一体何事かと、俺は隣の受付へと視線を向ける。
そこでは、獣人の男の子が受付嬢相手に何かを必死に訴えていた。
まだ10歳くらいか、対応している受付嬢はおろおろと困惑した様子で子供をなだめようとしていたが、落ち着くどころか、どんどん興奮してるように見える。
それに見かねたリズが、
「すみません、あの子新人なもので……」
「ああ、気にしないでくれ」
と俺たちに断りを入れ、「ミーア、どうしたの?」と声をかけた。
すると、ミーアと呼ばれた新人受付嬢は、助けを求めるように「リズ先輩ぃ!」と泣きついた。
「どうもこうもないよ! このねーちゃんが俺の話を全然聞いてくれないんだ!」
男の子は、さらに声を荒らげた。
何がそんなに気に食わないかわからないが、相当頭にきているようだ。
「そんなことないですぅ……ちゃんと聞いてますよぅ」
ミーアは、涙目になりながら反論しているが、そのせいで火に油を注ぐ結果となり、男の子はより一層怒り出す。
「じゃあ何で依頼受けてくれないんだよ!」
「ひぃっ、大きな声で怒らないでくださいぃ……」
ミーアはリズの後ろに隠れ、プルプルと震えている。
リズはそんなミーアを優しく慰めていた。
俺は小さくため息をつき、
「落ち着け、ボウズ。とりあえず、何があったか話してみろ。このままじゃ話が進まん」
「俺はボウズじゃない! レックだ!」
男の子は、俺の言葉にムッとした表情で言い返してきた。
なかなか気が強い子どもだ。
俺は内心少しだけ苦笑しつつ、改めてレックに話しかけようとしたその時、レックの隣にいた小さな女の子が口を開いた。
「待って、おにいちゃん。この人冒険者だよ。ちゃんと話してみようよ」
レックは俺たちの胸元を見る。
そこには、冒険者の証であるプレートネックレスがあった。
だが、レックは反対に疑わしげな目を俺たちに向けた。
「……おっさんはブロンズで、ねーちゃんはアイアン? そんなんで依頼をこなせるのかよ?」
「レックくん、たしかに冒険者にはランクがあって強さも違うけど、シェイドさんとエリスさんは間違いなく信頼できる実力者なのよ」
「おにいちゃん……」
レックはリズに諭され、ようやく少しだけ落ち着きを取り戻したようだ。
「……わかったよ、チコ」
レックはチコの言葉に頷き、俺たちに事情を説明し始めた。
レックたちの住む村の近くには、大昔に使われていたという領主館があるそうだ。
そこは昔からゴーストが出るという噂があり、普段は誰も近寄らない場所らしい。
しかし、その館の庭には、病によく効く薬草が生えていた。
ある日、兄妹を1人で育てている母親が病気になり、2人はその薬草を取りに噂の館へ向かったという。
そして、2人はそこでゴーストを目撃したのだ。
レックたちは、そのゴーストを調査・退治してもらいたいという依頼をしに、ギルドへ来たというわけだった。
なるほど、そういうことか。
俺はレックたちの話を聞き、事情を理解した。
だが、ゴーストの調査・退治は――。
「レックくん、ゴースト関連は冒険者ギルドじゃなくて、教会に相談してもらうのが――」
「そんなのもう行ったよ!」
リズが丁寧に説明をすると、レックは声を荒らげた。
「……教会へは初めに相談に行ったんだ。だけど……あいつら俺たちに、『ここは獣人種が来ていい場所じゃない。別のところへ相談に行け』って!」
レックは悔しそうにそう言った。
俺とエリスはそれを聞いて驚いた。
少なくとも、表向き教会がそんな対応をするなんてこと、これまでなかったと思うが。
「教会がそんな酷いことを言ったんですか!?」
リズも、レックの言葉に信じられないという顔を浮かべていた。
たまたまその対応したやつが、よっぽどの差別主義者だったのかもしれない。
まったく、どこもかしこも……俺は心の中でため息をついた。
「だから冒険者ギルドに来たんだ。なのに、このねーちゃんが……」
レックは、恨めしそうにミーアを睨みつけた。
ミーアは、レックの視線に耐え切れず、さらに縮こまってしまった。
「そう言われても、報酬もないですしぃ……」
ミーアがか細い声でそう言うと、レックは再び声を荒らげた。
「それはっ……後からちゃんと払うって!」
「ひうぅ!」
ミーアは、レックの大きな声にさらに怯えてしまった。
リズは優しくレックを諭す。
「レックくん、冒険者ギルドではそのようにして依頼を受けることはできないんです。それは、依頼者と冒険者を繋ぐ、ギルドとしての信用問題になってしまいます。ですから、もう1度しっかり教会の方とお話すべきかと思います」
リズの言葉に、レックはすっかり落ち込んでしまった。
チコも、不安そうに兄の顔を見上げている。
そんな2人の様子を見て、エリスが俺の袖を引っ張る。
「シェイドさん……」
振り返ると、エリスは悲しそうな顔で俺を見上げていた。
俺はその視線に意味を理解し、やれやれとため息をついた。
まったく、仕方ないな。
「わかった、レック。俺たちがやってやる」
「えっ?」
レックとチコは、俺の言葉に目を見開いて驚いていた。
「シェイドさん、よろしいのですか?」
リズが聞いてくる。
「ああ。ただし、条件がある」
「条件ってなに……?」
少し不安そうにする2人。
「もう日は暮れかけているし、今から村へ戻るには時間がかかるだろう。だから、今夜はレックたちの家で泊まらせてもらう。飯付きでな」
「――っもちろん、いいよ!」
俺の条件が大したことでないとわかり、レックとチコは嬉しそうにしていた。
エリスもその様子を見て、ほっとしている。
俺がお人好しだと思っているのか、リズだけは苦笑いしていたがな。
◆◇◆
レックとチコに連れられ、さっそく俺たちは村へ向かった。
道中は、レックが様々な話をしてくれた。
村の歴史や、特産物、そして肝心のゴーストの噂話。
レックは最初は少し緊張していたようだったが、次第に打ち解けて楽しそうに話してくれた。
村に到着すると、レックとチコの家で温かく迎え入れてもらった。
レックとチコの母親――マオは、優しい女性で、俺たちに感謝の言葉を何度も述べてくれた。
夕食は、素朴ながらも温かみのある料理で、とても美味しかった。
食事を終えると、俺はさっそく領主館の調査に向かおうとした。
「あの、シェイドさん、何も夜じゃなくても……」
エリスは、少しだけ嫌そうな顔をしていた。
まあ、気持ちはわかる。
夜中にゴーストが出ると噂されている館に行くのは、確かに少し怖い。
だが、だからこそ、
「そのほうがゴーストも出るかもしれないだろ?」
俺はそう言って、ニヤリと笑った。
エリスは、少しだけため息をついた後、渋々頷いた。
こうして、俺たちは夜の領主館へと足を踏み入れるのだった――。
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