12.大きな収穫
ゴブリン討伐依頼の後、俺とエリスはトリントの街を拠点に冒険者として順調な日々を送っていた。
トリント大森林には多種多様な魔物が生息していて、討伐依頼には事欠かない。
俺の『シャドウマスター』とエリスの『マジックリーダー』、この組み合わせは想像以上に強力で、どんな依頼も難なくこなすことができた。
「シェイドさん、今回の採取依頼もこれで完了ですね」
エリスは満面の笑みで、袋いっぱいに詰まった薬草を掲げた。
俺たちは討伐依頼だけでなく、基本となる採取依頼も満遍なくこなしている。
「ああ、そうだな。これで今日の依頼は全部クリアだ。街に戻ってうまい飯でも食うか」
「いいですね!」
薬草の詰まった袋を《シャドウボックス》に入れ、街へと戻る道すがら、
「そういえば、シェイドさん。『シャドウマスター』の検証は進んでいますか?」
エリスの何気ない一言で、俺は薬草採取中に試した『シャドウマスター』の検証を思い出した。
――あれは、ゴブリン討伐から数日後のことだ。
◆◇◆
俺たちは、ある薬草を探しにトリント大森林の奥深くへと足を踏み入れていた。
依頼の内容は比較的簡単なものだったが、その薬草は日陰でしか育たないため、深い森の中に入らなければならなかった。
「確かこの辺りだったはずだが……」
俺は地図と周りの景色を照らし合わせながら呟いた。
深い森の中は昼間でも薄暗く、木漏れ日が地面に複雑な模様を描いている。
「シェイドさん、少し休憩しませんか?」
エリスの提案に頷き、近くの岩陰に腰を下ろした。
「そういえば、シェイドさん。『シャドウマスター』の能力って、まだ未知の部分が多いですよね?」
エリスが水を飲みながら聞いてきた。
「ああ、そうだな。あの時、エリスが《プロテクト》を解除してくれたおかげで、本来の力を取り戻したわけだが……正直、まだ使いこなせているとは言えない」
俺は苦笑しながら答えた。
確かに、以前と比べ物にならないほど強力になったのは事実だが、その全貌はまだまだ謎に包まれている。
「十分強いと思いますが……」
「例えば、完全な闇の中では『シャドウ』を呼び出せない。光が全くない場所では影も存在しないからな。当たり前といえば当たり前だが、マスタークラスのスキルといえど、物理法則には逆らえないらしい」
俺は洞窟の中でゴブリンと戦った時のことを思い出した。
あの時は、本当に焦った。
以前から知っていたのにすっかり忘れていたせいで、頼みの綱の『シャドウ』が真っ暗闇だったため消えてしまったのだ。
「なるほど……確かに、影がないと『シャドウマスター』は使えないんですね」
エリスは真剣な表情で頷いた。
「それから、影の大きさを自由自在に変えられるわけでもない。元の影の大きさから極端に大きくしたり小さくしたりすることはできないようだ。まあ、夕方になれば影は大きくなるから、その時間帯なら多少は有利に戦えるかもしれんが」
俺は夕暮れ時に試した時のことを思い出した。
西日のお陰で影は大きくなったが、それでも限界はあるようだった。
時間帯や天気、場所を考慮して戦わなければならないだろう。
「それから、『シャドウ』にもダメージという概念はあるみたいだ。一定量のダメージを受けると、消えてしまう」
『シャドウ』は無敵ではない。
エリスと出会った時も、『シャドウ』はサイクロプスの1撃で消え去ったのだ。
「でも、すぐにまた呼び出せるんですよね?」
「まあな。たとえ消えてしまっても、すぐにまた呼び出すことは一応できる。といっても、隙は生まれるだろうし、用心するのに越したことはないが」
これは『シャドウマスター』の大きな強みといえるだろう。
「すごいですね! それなら、多少無茶な使い方をしても大丈夫ですね」
エリスの言葉に、俺は少しだけ苦笑した。
「まあ、そうだな。それに、これは物理的な攻撃だけでなく、魔法攻撃にも同様みたいだな」
これはエリスにも手伝ってもらい、魔法にも物理攻撃と同じように一定の耐性があることがわかった。
「それと、もう1つ――実は面白い発見があったんだ」
俺は少しだけニヤリと笑った。
「なんですか?」
エリスはきょとんとした瞳で俺に問いかけてくる。
「これさ」
「え? ――わっ!?」
俺の影から分離する『シャドウ』、そしてそこから30センチほどの小さな『シャドウ』が更に分離される。
そして、それはエリスの影へとぷんと入り込み――、
「わ、わっ! 動き出しましたよ!? シェイドさん!」
エリスの影は彼女から離れ、立ち上がったのだった。
「ああ。こうやって『シャドウ』を分離させて影に潜らせれば、どの影でも動かせるようだ」
「そんなことができるんですか!?」
エリスは目を丸くして驚いた。
「ああ、どうやら『シャドウマスター』は、俺自身の影だけでなく、他の者の影からも『シャドウ』を創り出せるらしい」
俺は少しだけ得意げに言った。
これは、かなり大きな発見だった。
「――す、すごいです! それなら、どんな状況でも『シャドウ』を呼び出せるじゃないですか!」
エリスは興奮気味に言った。
「まあ、そうだな。ただし、分離する大きさによって、動かせる影の大きさにも影響が出る。試しにこの大きさの分離体をギルドの影に潜り込ませたけど、まったく動かせなかったしな」
俺は少しだけ残念そうに言った。
「それでも、十分すごいですよ!」
エリスは笑顔で言い、
「そうだな。あと、このスキルは動かす大きさやその動きによって、反動というか相当に体力を消耗するんだ。慣れれば多少よくなるかもしれないが……ま、この能力をうまく使えば、もっといろいろなことができるはずだ」
俺は力強く頷いたのだった。
◆◇◆
「……あの時の検証は、本当に大きな収穫だったな」
俺は小さく呟いた。
木漏れ日が揺れる森の中、薬草の束を手に、俺はトリントの街へと続く道を歩いていた。
『シャドウマスター』は完全な闇の中では使えないという欠点はあるものの、そこはやはりマスタークラスのスキル。
他人の影をも利用できるという発見は大きかった。
これがあれば、どんな状況でも『シャドウ』を呼び出せるし、戦略の幅が格段に広がるはずだ。
「シェイドさん、何かいいことでもありましたか?」
不思議そうに首を傾げるエリスに、俺は思わず笑みをこぼした。
「いや、なんでもない。ただ、少し考え事をしていただけだ」
そんなことを考えてるうちに、いつの間にか街の入り口に到着していたみたいだ。
高い城壁に囲まれた門をくぐり抜け、活気に満ち溢れて賑やかな通りを抜けると、冒険者ギルドが見えてくる。
ギルドの中は、いつものように冒険者たちで賑わっていた。
依頼の相談をする者、酒を酌み交わす者、談笑する者。
独特の熱気を生み出す、この空気感が俺は好きだ。
「シェイドさん、エリスさん。おかえりなさい」
受付カウンターで、リズがいつもの明るい笑顔で俺たちを迎えてくれる。
俺は鞄から取り出すようにして、《シャドウボックス》から採取した薬草の入った袋を取り出した。
このアイデアは彼女によるものだ。
当初、俺は《シャドウボックス》から堂々とサイクロプスを取り出していた。
だが、リズから「収納スキルが使えることはあまり広めないほうがいいと思います」という指摘を受けたため、鞄を買ってそこから取り出すように鞄の中で《シャドウボックス》を展開しているのだ。
「ただいま、リズ。これで依頼達成だ」
「はい、確認させていただきますね」
リズは慣れた手つきで薬草の種類と数をチェックしていく。
「はい、問題ありません。これで依頼完了となります。お疲れさまでした」
リズは笑顔で報酬の入った袋を俺に手渡した。
俺はそれを受け取り、いつものようにエリスと半分ずつ分けた。
「ありがとうございます、リズさん」
「いえいえ、こちらこそいつもありがとうございます。またよろしくお願いいたします」
リズが深々と頭を下げた。
俺は彼女に軽く会釈し、その場を離れようとしたその時、隣の受付で何か騒ぎが起きていることに気がついた。
小さな獣人の子供が何かを必死に訴え、受付嬢は困ったような表情で子供をなだめている。
どうやら、何かトラブルが起きているようだった――。
お読みいただきありがとうございます。
このお話を少しでも良かったと思っていただけたら、
広告の下にある【☆☆☆☆☆】にて応援をお願いします!
また、【ブックマーク】もしていただけると本当に嬉しいです。
執筆活動の励みになるので、何卒よろしくお願いいたしします!




